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あの子とは、いつも一緒に遊んでいた。
あの日も遊ぶ約束をしてたのに、約束してた時間になってもあの子は来なかった。
だけど、私はずっと待っていた。
雨が降ってきたけど、ここには大きな木があって、雨宿りができるから待っていた。
暗くなってきた頃、たくさんの大人たちが、やってきた。
学校の通学路にある交番で、いつもおはようってにこにこしてくれる、
おまわりさんたちだった。
だけど今は、あのにこにこ顔はどこにもない。全然違う人みたいに見えた。
あの子のお父さんとお母さんもいた。
私がびっくりしていると、あの子はどこ? って聞かれた。
私は首を振った。遊ぶ約束をしたのに来ないから、ずっと待ってたって言った。
あの子のお父さんは青い顔をして、お母さんは膝から崩れ落ちて泣きはじめた。
それを見たら、私は不安になってきて、目からたくさん出てきた涙を必死に拭った。
あの子のお母さんが、私を抱きしめてくれて、きっと大丈夫よねって何度も言った。私は、わけもわからず、ただ泣くことしかできなかった。
それから何日か過ぎても、あの子とは会えなかった。
毎日遊んでた。学校でも、放課後も、休みの日も、ずっと。
それなのに……どうして会えないの? 私のこと、嫌いになっちゃったの?
私はおばあちゃんの膝にしがみついて、泣いた。
あの子に会えないのが寂しくて、泣いても泣いても、不安はなくならなくて、何度も、あの子を探しに行こうとした。
だけど、おばあちゃんに止められた。
私たちがいつも待ち合わせをしてた場所は、危ないから行っちゃダメって言われた。
どうして? だって、探しに行かないと、あの子に会えないよ。
嫌われちゃったなら、そのわけを聞きたいよ。
怒らせちゃったなら、そのわけを知りたいよ。
あの子は、私のことを嫌いになったわけではないよって、おばあちゃんが言った。
じゃあ、なに? どうして、会えないの? どうして、一緒に遊べないの?
泣き続ける私の頭を撫でながら、おばあちゃんが言った。
悪い神様が微笑んで、小さなあの子を連れてった。
どうして? 神様なのに、悪いことするの?
連れてったって、どこに連れてったの?
おばあちゃんはそれ以上はなにも言わなかった。
私はわからなくて、それがとても怖くて、また熱い涙を流して声を上げて泣いた。
いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまっていた。
おばあちゃんも、私に膝枕をしたまま、うたた寝している。
私はおばあちゃんを起こさないように、そっと起き上がって、かぴかぴに乾いた
涙の跡を手でこすった。
あの子に会いたい。
あの子と遊べないのは、悪い神様のせいなの?
悪い神様にいじわるされてるなら、私があの子を助けてあげなきゃ!
私は外へ飛び出して、いつもあの子と待ち合わせをしていた場所へ、走った。
そこには大きな木が立っている。
風が吹くと、さわさわと気持ちのいい音がするから、私たちのお気に入りの場所だった。
ここではいろんなことをして遊んだ。
春にはひらひらと私たちから逃げる花びらをつかまえようと、一生懸命駆け回った。
夏には大きなカブトムシを二匹見つけて、だけど触るのは勇気がいるから、二人で観察しながら、絵を描いた。
秋にはどんぐりと赤と黄色の葉っぱをたくさん拾って、お姫様みたいな髪飾りを作った。
冬には真っ白な雪の中で、雪玉を投げ合ったり、おばあちゃんから教えてもらった雪兎の作り方を、あの子にも教えてあげたりした。
一番は選べないくらい、どれも、大切なあの子との思い出。
これからも、この場所で、いろんなことをしてあの子と遊べると思ってたのに。
悪い神様。聞こえてる? あの子をかえして!
私があの子の名前を呼ぶと、急に、あたりがひっそりと静まり返ったような気がした。風がぴたりとやんで、さっきまでさわさわと音を立てていた木の葉も、動きを止めている。
たくさん遊んだこの場所が、なんだか全然違う場所のように感じて、私は怖くなって、走ってきた来た道を急いで戻ろうとした。
そのとき、誰かに声をかけられた気がした。
たしかな声ではなくて、ぼんやりとした感じの……わからないけど、とにかく、呼ばれた気がした。
もしかして、あの子かな? 私が捜しに来たことに気づいて、呼んでるのかな?
私はおそるおそる、足を動かして、大きな木の根元まで歩いていった。
ごつごつとした木の表面に手をつきながら、ぐるりとその周りを一周してみる。
誰もいない。気のせいだったのかな。
私が帰ろうと歩き出したとき、また、さっきのぼんやりとした声が聞こえた。
怖かった。もう、この場所を離れたほうがいい気がしていた。
だけど、もしも呼んでいるのがあの子だったら?
私の助けを、待っているんだとしたら?
私は勇気を振り絞って、振り返った。
すると、さっきまで誰もいなかったはずの木の根元に、なにかがあった。
見てはいけないものだと、なぜかそんな気がした。
体中が震えて、足が思うように動かない。
それなのに、目が離せない。
"それ"がなんなのか、確かめたくて、しかたない。
地面に繋がった足跡を残しながら、私は"それ"に近寄っていった。
見ると、布らしきものが、ボロ雑巾のように裂けて、赤いなにかが染みこんで汚れていた。
どこか見覚えのある小花模様を見つけたとき、私は、全身の鳥肌が立った。
この小花模様は、あの子のお気に入りのワンピースにあしらわれていたもの。
可愛いねって褒めたら、嬉しそうに笑っていた、あの子。
あの子の……。
私は声にならない叫びを上げて、尻餅をついた。
"それ"がなんなのか、私は気がついてしまった。
人かどうかも区別ができないほど、変わり果てた姿。
もう、笑うこともできなくなった、あの子の姿。
息ができないほど、がたがたと体中が悲鳴を上げた。
そのとき、また、あのぼんやりとした声が聞こえた。
なにかが近づいてくる気配を感じて、私は叫んだ。
だけど、それは声にならなかった。まるで深い水底で溺れているかのように。
氷のように冷たい汗が、背中を伝っていく。まばたきができない。
湧き出てきた恐怖が、涙腺を無理やりこじ開けて、乾いているはずの目から、涙が流れ落ちていく。私はもう、それを拭うことができなかった。
ぼそぼそ。ぼそぼそ。なにか言っている。近づいてくる。
聞き取れなかった声が次第に大きくなっていき、突然はっきりと、私の耳に届いた。
「次は、君の番」
悪い神様が微笑んで、今度は私の手を引いた。
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