『路上の歌姫』

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 海斗は葬式の帰り別れは完全に済ませたつもりであったが、やはり名残惜しさがあったのだろう。梅歌と初めてあった路上の通りに来ていた。  しかし、居座るつもりは少しもなかった。ただ、あの日のように歩いてみたかっただけに過ぎない。思い出をなぞりたいという我儘だ。 「あの日に似た景色だ」  梅歌に初めてあった日のように路上には雪が積もり、黒い空には無数の星が地上に光を落としていた。 「何してんだろうな、俺は。感傷にでも浸ってんのかね、もう梅歌は記憶の中にしかいないってのに。今日ももう終わる。梅歌の顔も歌声も俺はこれから忘れてしまうのだろうか」  俯いて歩く。やはり本日も駅前路上の往来は多いようでアスファルトの白い雪はまばらで泥を含んでいた。 「あのー?」 「へ? うわっ…とっとっと!」  沈んだ考え事をしているとふいに横から声を掛けられる。我に返るのと同時にぎこちなく振り向く。そのとき、足元が疎かになり凍結した路面で大きく転んだ。 「__っう、いててて」 「あわわわ、驚かせてすみません」  手入れの行き届いた黒く長い髪に白い肌を持つ清楚な印象の少女だった。 「ど、どうかしましたか?」  転んだところを見られたことに少し気恥ずかしさを覚えた。申し訳ないを顔に貼り付けたような表情をする少女は言った。 「下を向いていると、危ないですよ?」 「いや、正直に言うと君に話しかけられなかったらおそらく転んでないよ」  少女に注意されるが、前方不注意にさせられたのであって決して危なくなかったはずだと反論した。 「元気そうで良かったです~」  自分のペースで話を進ませていく少女に海斗は唖然として口を開く。話が噛み合わない感覚を味わったのは数年ぶりだった。  変わった子だというのが少女の第一印象となる。 「聴いてってくださいよー。これも何かの縁でっせ」  芝居がかった口調で話しながら笑う少女ではあったが気怠そうな仕草にどこか気が抜けた。 「聴いてって、こんな時間に歌うのか?」  時刻はすでに深夜を回る寸前だった。周囲への迷惑を真っ先に思い浮かべた海斗は疑問を口にする。しかし、それはあくまでも建前であり本音では歌を聴く気分ではなかった。 「まぁまぁ、聴いてってくださいよ~」  少女は海斗に取り合わずマイクを手にした。後ろにはスピーカーが置かれていた。大音量で音が流れないことを祈りつつも、ここで帰るのも悪いので一曲聴くことにした。 「それでは~、聴いてください」  少女は素早く携帯をタップして雪の中にそれを放った。 「おいおい、物の扱いが…………え」  目の前に立つ少女はまったく口を開いていない。それなのに歌声があたりに広がる。 「…なにを、しているんだ?」 「?」  首を傾げる少女に海斗の理解は及ばない。  だって、だって、この曲は___、梅歌の曲だからだ。  
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