女子大学生Wとの会話

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 それで、母が亡くなってから変な事が起きる様になってね。例えば玄関を開けたら普通外に出るでしょ?でも時々違う所に出ちゃうの。真っ暗で何も無いの。それで驚いて閉めてもう一回開けたらいつもと同じ外の景色なのよ。最初は二週間に一回くらいだったのが、だんだん増えてきて。玄関だけだったのも家の中のどの扉でも起こる様になっちゃって にわかには信じ難いが彼女が面白がって嘘をついている風にもみえない。不謹慎を承知の上での例えだが、彼女の母の霊が夜な夜な現れるとかだったらまだ返答しようがある。もしかして未練があるんじゃないかとか、娘の事が心配なんじゃないかとか。ただ真っ暗な何もない場所がドアを開けたらそこにあるというのはいかんともし難い。 「真っ暗か。なかなか信じられないがそれは怖いな」 と答える。申し訳ないがこれが私の精一杯誠意を込めた回答である。それに怖いのは私の率直な感想だ。何気なく外に出ようと思って扉を開けたら暗闇しかないのだから。もし何かの拍子でそこに入り込んでしまったらと考えるだけで、乾いた冷気が全身の毛穴から入り込んで来るような嫌悪感に襲われる。  そうね、怖いわ。真っ暗で、もしそこに完全に身を投げ出してしまえばきっとこっちにはもう戻って来られないんだもの。でも何回もあの暗闇を見ていると急に懐かしくなるの、本当は向こうに居るべきなのかなって思えちゃうの。 「仮にその暗い所に行くとして、未練とかそういうのは無いのかい?」  全くないと言えば嘘になるわ。母の事はまだ少し悲しいし。まあ逆を言えばあの人の死を受け入れられたらもう良いのかもね 酷くあっさりしている。それに引き換え私自身は未練の煮こごりの如き存在だ。冷蔵庫の扉をきちんと閉めて来たか、他人に不快感を与える発言はしていないかといつもびくびくしているし、吐いた(つば)を飲めるなら飲みたいと常日頃から考えている始末である。 「それでも心につかえている物って中々取れないと思うんだ。ほら、喉に刺さった魚の小骨みたいに」 我ながら全くもって品性のかけらも無い例えをしたものだ。その時、彼女は笑った顔をしたように見えたが、単なる記憶違いかもしれない。  人って悩んでる姿を見て欲しかったり、ふふっ()の私みたいね…あとそれに人間ってそこまで他人の事を見ても居ないし気にしても居ないと思うの。自分の事を見て欲しいから関心のあるふりをしてるんじゃないかしら。結局人に分かってもらいたいって言うのが大半で、実際の悩みなんてそれこそ魚の小骨みたいに些細(ささい)な物よ さらに続ける。  それにこの世界を心から好きでずっと居たいなんて人間は存在しないんじゃないかしら。生まれて来ちゃったから生きてるだけでしょ?
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