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客室棟女官の仕事としてリリアナが行うことは、メイド達への指示とサポートが主である。ヴェラ女官長は客室棟だけでなく迎賓館や厨も管轄な為、大変忙しい。ついて回っても彼女の仕事はリリアナの範囲外であることが多いので、自分で仕事を見つけて覚えていかねばならない。
そうは言っても、客室棟ではリリアナが一番新人な為、指示もへったくれもなく質問攻めである。
「ねえねえ、この廊下の長い絨毯、すごく綺麗なんだけど、なにか工夫があるの?」
ビアーノに帰った時に役に立つと思われる技を手にしようと、リリアナはメモを取る。ある意味、職権乱用である。
「いえ工夫などありません。ゴミを取り除いて洗うのです」
リリアナに捕まったメイドは素直に答える。
「え? 洗うの? どうやって?」
赤い絨毯は、回廊や廊下の石畳の中央を延々と真っ直ぐにのびている。視界の消える先までのびているのだ。
「クルクルすんの? 巻いても巻いても終わりがなくない?」
リリアナがジェスチャー交えて真剣に問うと、メイドはクスクスと口元を手で押さえて笑った。
「やだ、リリアナさん、面白いんですから」
「え? 違うの?」
「ほら、よく見てください。切れ目があるんですよ。長方形が何枚も連なっているだけですよ」
メイドが指差すところに顔を近づけると、確かにうっすらと切れ目のようなラインがあった。
「わ! 本当だ!」
リリアナがしゃがみこんで食い入るように見つめていれば、メイドはまだ笑いが止まらず苦しんでいた。
「絨毯を、そんなに気にする方なんて初めてです」
「あ、そう? まあ、そうよね」
さすがに恥ずかしくなって、リリアナの頬も染まる。給料を手にしたら、ビアーノの二階にある自室の床に、絨毯を敷いて裸足の生活をしようと狙っている邪な考えを諭されたような気がした。自覚があるだけに。
「で、でも大変だよね。これを掃除洗濯するってことでしょ?」
「そうなんです。掃いたり叩いたりしてから水洗いしてます」
「ヒッ、まじですか……この途方もない枚数を……」
「でも、汚れたところだけ交換して洗ってますので」
メイドは微笑んで答えるが、今度から絨毯の上ではなく両サイドの石畳のみを歩こうと、リリアナは心に誓った。
「私も手伝うから、手が足りない時には声かけてね」
「とんでもございませんっ。リリアナさんは女官としてのお務めで忙しくされているのに」
「でもあちこち掃除や洗濯、大変でしょ? あ、ほら、令嬢がたのお部屋の掃除なんて、一瞬のうちに終わらせないといけないんでしょう?」
「確かに、そうですけれど」
「そういう時なんか、1人でも人数増えれば、ササッと出来るじゃない?」
まったく令嬢達と接触が取れないので、リリアナはたった今閃いたこの策を展開させる。
「いえいえ、リリアナさんのそのお気持ちだけで充分でございます。こんなにわたくし達へ配慮していただき、大変感激しております」
と、メイドの瞳はウルウルしている。
「え、あ、うん……」
リリアナの策は不発に終わったようだ。
どうしたもんかと固まっているところで、廊下の向こうから駆けてくる別のメイドの声に振り返った。
「リリアナさんっ、大変です! また、ご令嬢同士のトラブルがっ!」
「……また? トラブル?」
何も聞かされてなかったが、どうやらリリアナがここへ来る前から、問題が勃発しまくっていたようだ。
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