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当たり前だが、リリアナに与えられた部屋より5倍、いや10倍ほど広くて素敵な部屋であった。
客室棟内でも、4名の令嬢に与えられた部屋は特別仕様となっているのだろう。
「それで、ジルベルト様はどんな方がお好みですって?」
口元に運んでいたティーカップをソーサに戻しながら、オヴェストは横に立つリリアナをチラリと見上げた。
「ないそうです」
キッパリ言ったが、怒られるのが目に見えているので即座に付け加える。
「好きになったらその人が好みの女性、だそうですっ」
「……」
なんとなく、部屋の空気が張りつめている……と、さすがにリリアナも気付いた。 侍女達は完全に気配を消しにかかっている。だが、オヴェストは美人の迫力を最大限に利用した底冷えする鋭利な視線を飛ばしている。
「よくもまあ……そのようなちっぽけな情報のみで、自信ありげに、わたくしの前に立てますわね」
当然のことながら怒っている。
だがリリアナは、めげないのである。
「オヴェスト様……まさか、これがちっぽけな情報だと、そんな事をお思いなのですかっ」
むしろ、こっちがビックリだわぐらいの勢いで眉をしかめてみせた。
「あなた以外の誰もが思ったわよっ」
「とんでもない。オヴェスト様、よく考えてみてください。この情報まず、絶対に聞き出せないようなところから入手したのですよ?」
「あら、どこから?」
ピクリと、オヴェストの鬼のような表情が動いた。
「王太子殿下の、侍従長の、補佐からです」
「まあ!」
鬼から一気に華やかな令嬢の顔に戻った。リリアナはさらに押せ押せでいく。
「考えられますっ? そんな身近にもほどがあるところからっ、奇跡的に入手できたんですっ我ながらすごいと思ってますよ私はっ」
「それはすごいわ!」
「しかもですよ。殿下の好みは、ない。つまり、誰にもチャンスがあるということですよどうですかっ!」
「言われてみれば、そうよね!」
オヴェストは、ウンウンと頷く。
「わたくしと真逆の、地味で覇気のない女が好きだと言われたらおしまいだったわ」
派手で荒れ狂うパッションをお持ちであることは自覚あるらしい。
「あとですね、殿下の趣味も情報ゲットしましたよー」
「あら! なんですのっ?」
「殿下は、研究マニアらしいですよ。いっつも籠ってひたすら勉強することが趣味らしいです。根暗ですねきっと」
「なにをおっしゃるの。ジルベルト様が根暗だなんて、ありえないわっ。あんなに神々しいお方ですのに」
何かを思い起こしているのであろう、オヴェストはホウッとばかりに頬を染めている。
「あ、オヴェスト様は殿下にお会いされたことあるんですものね! どんな方なんですか?」
「それはもう、美しいのなんの。気品に溢れ紳士で物腰柔らかくて……。少しだけお言葉をいただきましたけど、その時に微笑まれたあの麗しさったら……ああ本当に素敵でしたのよぉ」
「え、想像と違うっ」
リリアナの中では、オットーからもたらされた情報で組み立てたイメージが、とてつもなく陰湿で神経質なものであった。
「そっかー、それはぜひ、拝んでみたいな」
(辞めるまでにチャンスあるだろうか……いや、無理だな)
なにせ仕事をどうこなすかで、いっぱいいっぱいであるのだから。
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