2 マルクレン城

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2 マルクレン城

 リリアナの口は終始開きっぱなしだった。  比較的中心部に住んではいたが、城は遠くから眺めるものであって、大きな堀に架かる立派な正面大橋の上を通ったこともなければ、左右に点在する欄干の上の彫刻を目視で確認したこともない。  真っ正面のそびえ立つ時計台兼城門をくぐる。馬車の窓枠からずっと顔を出していれば、景色は二転三転していく。  今度は緑色が眩しい庭園のような場所を通っていくが、どうやら庭ではなくまだ正門前であったらしい。  いい加減、開きっぱなしで口内が渇ききったところで、馬車は止まった。  どれだけの歳月がかけられたのかわからない、縦にも横にもひろがる煉瓦の壁に圧倒されつつ、案内されるがまま馬車から降りて徒歩でどこかへ向かう。  さっきまでは多分、来客や来城者の為の正面エリアだったのだろうが、どんどんとそこから離れていくようだ。  どこまでも続く立派な庭園は、先ほど入り口で見たものより鮮やかな花が植えられていて、不安でありつつも気分はあがる。今までにこれだけの量の花を一度に拝んだこともない。  その庭園の向こうに巨大で円形状の建物が見えてきた。 「こちらは、迎賓館と呼ばれる大広間です。この奥に客室棟、その先に離れがございますので、リリアナ様はそちら2棟でお勤めしていただく予定です」 「客室棟と、離れ……」 (つまり、メイドみたいなものだろうか。でもそれって、難しい?)  首を傾げながらも大人しく先導者についていく。  大広間横にも立派な出入り口があるが、そこからズドンと真っ直ぐ横幅の広い通路が奥のほうまで延びている。  まさかこれを歩くのかと、ほどよい酒場サイズでしか生活したことのないリリアナは不安を覚えたが、やっぱり歩いていくこととなった。  いくつか出島のように内庭にせり出したサロンを通りすぎ長い廊下の客室棟を通り抜ける。  もちろん客人ではないリリアナは、部屋に案内されることはなかったが、その奥のメイド専門の詰所にも案内されず、またまたさらに別の長い通路へと誘導される。  明らかに困惑を通り越して挙動不審になっているリリアナを見かねて、先導者の紳士は一度足を止めた。 「本来なら正面からご案内させていただければ、ここまでの距離にはならないのですが、今後のこともありますので、こちらからの往来を覚えていただこうかとご提案がありまして」 「はぁ……。あの、私、いったい何をさせら……させていただくのでしょうか?」 「申し訳ございません。わたくしも詳細のほうは」  綺麗にスルーされたようだ。  リリアナの心中ではすでに、謎の仕事を断る為の言い訳があーだこーだと飛び交いだした。今断ってもいいのだが、女将の熱心な“見学”というワードが、いつの間にかリリアナを洗脳している為、しばし辛抱することに。もちろん結婚相手の件は、まったく引っ掛かってはいない。  広い廊下は天井までも高く、要所要所に絵画や彫刻が施されている。  発光石も大粒のものが揃っていて、装飾をよりいっそう美しく映えさる。  大きなホールに出れば、人間よりもはるかに大きなタペストリーが飾られていて、絨毯にもシミひとつない。 「リリアナ殿、こちらでお待ちいただけますか」  先導者に言われるまま、ホールからまた別の枝分かれした廊下を少し入った先の部屋に案内された。 (や、やっと、どこか目的地に辿り着いたっ)  リリアナ的には、仕事でよく動き回っているしまだ若いし、と思っていたのだが、やはりどことなく緊張もあったのだろう。ヘロヘロと許可も得る前に目の前の椅子にすがりついた。 「どうぞゆっくり休憩してください」  紳士な先導者は、にこやかな笑顔で部屋をあとにした。
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