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「女官長! あら、ちょっと誰よ、この子供は」
眩しい物体が目の前に飛び出たかと思ったら、金色に長いウェーブの髪と、黄色のフリルがふんだんにあしらわれたドレスを着た綺麗な女性だった。
「オヴェスト様、申し訳ございません。ヴェラ女官長は只今外せない用事の為、補佐の私が参りました。リリアナと申します」
何度も女官長に、鬼のようにしごかれた礼の形を取り頭を上げた。しかし、オヴェストはその綺麗な顔をしかめている。
「聞いてはいるけど、子供だとは思わなかったわ。人手不足なの?」
「いえ、私、18歳ですけど」
「まあ、やだ」
何故かクスクス笑い始めた。
「どちらからいらしたのかしら。あなたの田舎ではそんな歳で、その髪型ですの?」
ねえ? と言うように、周囲の侍女達に目配せして、ホホホと笑っている。
(やな感じだな、おい)
私の出身はともかく、ビアーノは中心部のいわゆる都心だ。この三つ編みスタイルは確かに子供がする髪型だけども、これが一番髪の毛が邪魔にならずに仕事へ集中できるのだ。一度野菜の皮剥きやら拭き掃除やらやってみるがいい。
とは、言えない。
「ではこういたしましょう。せっかくこうやってお会いでき、これからもお世話させていただく身としましても、オヴェスト様が私を見ていつでも気持ち良く感じられるような髪型に、チャレンジさせていただくのは」
「え?」
明らかに、「何言ってんのこの子」的な虚を突かれた表情で固まっている。
「オヴェスト様ほどの方なら、きっと私のような平凡でなんの特徴もない者でも、センス溢れつつ機能的で年相応の髪型をご存知なのでしょう、ああとても楽しみでございます。私、オヴェスト様の手によって新しく生まれ変われるのですね」
「え、え、何言ってるのっ!」
侍女達もざわついている。
「楽しみです、オヴェスト様。さて、本題に戻りますけど、女官長への言付け承りますが、いかがされましたでしょう」
思いっきり舵を切ったので呆気に取られている。
これでだいぶ、本来の癇癪の内容も薄味になるだろう。髪型の件もこっちは有耶無耶になるし、あっちは逆に枷になる。我ながら、やられたら倍返しの商魂が出てしまった。
まあ、首になったらそれはそれでラッキーかも。
「うっ……むむむ」
オヴェストは顔を真っ赤にしているが、彼女も今は分が悪いと感じたのか乗ってくることにしたようだ。
「ここへ来てから二月経ちますの。最初のパーティーで殿下にお会いすることが叶いましたけども、それ以降、お話させていただく機会がないどころか拝顔も出来ず。これはいったいどういうことですの?」
「え、そうなんですか?」
それは初耳だ。でもあの時、チェルソンさんが言っていた。王太子殿下にまったく結婚の意思がないと。本来なら、この懇親の期に妃候補達と会う機会を沢山設けて、ひとりを選ぶというのに何かと逃げているらしい。
まあ、だから自分に内偵みたいな仕事が舞い込んだのだろうけど。
「わたくしちゃんと公平に、殿下とお会いできてますの? 実はもう誰かひとりを選んでいるとか、そちらへばかり誘導させているとか、変な操作していないでしょうねっ?」
(なんという立派な言いがかりだ。これか! メイドの言っていた、不定期の癇癪というのはっ)
リリアナは、改まって礼の形を取ってみせた。
「オヴェスト様のご心配、ごもっともでございます。しかしながら私は、まだこちらでの日が浅いもので何も存じておりません。ですので、オヴェスト様がご不安になられている件、解消すべく聞き込みに力を入れておきます」
「……あら、そう?」
リリアナの反応が意外だったのか、オヴェストは尖っていた空気をゆるめ目を見開いた。
「わたくしの為に?」
「もちろんでございます。私の務めは、ここにいらっしゃる皆様がお困りの時、お力添えさせていただくことですので」
(たぶん)
「まあ、ではさっそくお願い。あと、殿下がどのような事がお好みで、どのような女性に惹かれるのか、しっかりね」
「承知いたしましたー」
オヴェストの部屋から出てドアが閉まったところで、リリアナはオデコをペチッと叩いた。
「やっちゃった。いつもの、ビアーノでの酔っ払った同士の喧嘩仲裁みたいなノリで、適当なこと言っちゃった」
後先考えず動く悪い癖は、どんなにかしこまった女官の服を着ていても、封印できるものではないようだ。
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