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影法師の隠れ蓑は、町を呑み込んでしまった。電灯の下だけがぼんやりと明るい、夢色になびく夜の道。
すすきの、両側から生い茂る様は、時代錯誤を思わせた。それに宵が重なって、止まってしまったらどこかに深く落ちてしまうのではないかとすら感じた。
自然、彼女がどこへ向かっているのかが気になってくる。けれど、あの時のように――私が彼女をシュバルツ・カッツェに連れて行った時のように――と滝夢さんが言うならば、私は彼女が止まるまでは止まらない。
「……ここ、あーしのママがいるところなんだ」
「ぇ」
唐突に告げられた言葉に、私は動揺せざるを得なかった。
彼女が止まった場所は、墓地だった。無愛想で無表情な墓石が林立するそこで、引き寄せられるように私たちが向かった、一つの墓石。そこには、一輪のカーネーションだけが置いてある。
「あーし、今一人暮らしなんだ。厄介払いっての?そんな感じ」
「……」
儚げに墓石を撫でる彼女の手つきと、僅かな情報で、彼女の母がどこにいるのか、想像できた。
――滝夢奏。
「ママは、あーしを置いて先に行っちゃったから。あれに負けて、あーしより先に」
あまりに弱々しい言葉に、返答ができなかった私は、敢えて話題を変えるように、
「……カーネーションは、あなたのお母様がお好きだったの?」
「うん。あーしが、母の日にあげたんだけどね。はじめはすっごい喜んでくれたんだけど、あれの前では顔色を変えて、あーしのカーネーションをぐちゃぐちゃっ……、てね」
しまったと思った。
その瞬間を思い出しているのだろうか、彼女の目線は上を向いていた。遥か、上を。
まるで、夢の中にいるみたいだった。滝のように上から下へ、その最中のように。
「あーしね。ママのこと、好きなんだ。でも、憎くもある。あーしを置いて先に死ぬのは、あーしを諦めたってことだからね。それで、最期の瞬間に、あーしを見て泣くんだ。泣いて、謝るんだ……あーしが欲しかったのは、そんな言葉じゃなかったのにね」
ぽつり、ぽつりと語り出された言葉の節々には、普段の彼女のような鋭さなどほとんど感じられない。
――いや、むしろ。
彼女も、私と同じように。
「あんた、言ったよね。自分が自分じゃないって。あーしも、そう。不良ぶってる間は、弱いあーしはいないから、しっかり歩けるんだ。でも、どうしても、たまに、思い出す。それで、寂しくなっちゃうんだ。……あーしは」
墓石と向き合って話していた彼女は、きっぱりと私の方を振り向く。
私は彼女から告げられた言葉を、ゆっくりとかみ砕いていった。
――彼女は、少しも弱い子ではない。彼女は、もう、それを過去と思っているのだから。彼女の、迷いのなくなった眼を見て、私はそう悟った。
毅然とした表情と、少しの戸惑い。
「あーしは、あんたが好きだったよ。学院の顔。みんなの憧れ。強くて、かっこいいあんたが。そんなあんたと、いつか友達になれたらなんて、思ってたりしたんだ」
――ぇ。
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