遥かとおい、夢のさき

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 時が止まったみたいだった。墓石に囲まれた灰暗いすすきの原に、私と彼女の二人だけ。  その時間が凍結してしまったように。  手が震えていた。  口の形は歪んで定まらない。 「あんたは……どうして、あーしと?」  彼女は、自分の想いを告白した。  そして、次は私の番だと、そう言っているようだった。  ありのままを告げてしまえば、私と彼女の思いは相容れないのものだったと気づいてしまう。  それでも、私は言わないことはできない。  心の――装いだらけの、重ね着のではない、本当の私が、ずっと前から望んでいたことだから。  誰かに見つけて欲しい、と。 「あなたの、自由で、真っ直ぐで、自分を曲げない……かっこいいところに、惹かれたのよ。だから、あなたと、友達になりたいと」 ――夕焼けに見せたあなたの笑顔に恋い焦がれて、とは言えなかった。 彼女は、少ししてから、くすり、と吹き出す。 「ははっ……なにそれ。あーしとあんたの、なりたかった友達って、装いあってた自分たちだったってこと?……はぁ」  乾いているのか、(あき)れているのかどちらか判別がつかないような声だ。  ただ、彼女は憑き物が取れたような雰囲気だった。  だから、私は、きっと、彼女ならば、受け入れてくれると思った。 「この前行った、あのカフェ。シュヴァルツカッツェ、どういう意味かわかる?」  脈絡のない話も、何となく察したのだろうか。  首を振る彼女に、私は教える。 「ドイツ語で、黒猫って意味なのよ」  黒猫。  仰々しいの高潔さとは正反対な、不吉なジンクスの多い猫。  本当の姿が、迷信に覆われて隠されてしまった猫。 「ふぅん」  何でもないように返す彼女。 「じゃあ……今から二人で、幸運の黒猫に会いに行く?――」 私の。 名前。 「えぇ……行きましょう。――」  私と、奏の、2人の夜だった。  互いに憧れたのは、装う姿。その本心は、弱く、脆く、小さかった。  その心の隙間を補い合うように、手を取ってカーネーションと眠る彼女の母親のもとを後にする。  夜の闇に紛れて、2人でいることが誰にも分からなければいいのに、と思った。  ここにいるのは、風紀委員長でも、学院の問題児でもなく、ただの2人の女子高生だ。  そして、2人は連れ立って、約束の場所へ行く。  黒猫を探しに。 ――遥か遠い夢の先へ。
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