遥かとおい、夢のさき

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 私が通うこの学院は、何年か前までは私立の名門の女子高で地元では有名だった。それが先代の理事長の引退からその地位はそのままに、女子高から共学へと形態を変え、女子高時代の生徒が卒業し、その後も何代か生徒が旅立っていった現在ではかつての影を薄め、一般校のような面持ちが目立ちつつあった。  その学院の今代の生徒会組織は、2人目の男子生徒の会長――花島悠人が率いている。  誰かに言わせれば甘いマスクとやらで、私に言わせれば狐の面でも被ったような容姿で生徒の人気を集めている。どこかのお偉方の息子かどうか知らないし、知りたくもないが、面倒な仕事を副会長である私に押し付けてどっかとその椅子には座り続ける彼は教師方からの信頼もなぜか、厚い。  副会長である私はこの辺りでは有数の遥グループの代表の娘。私自身が何かを志さずとも、目の前に敷かれたレールの上を歩けば相応のモノが手に入る、入ってしまう、そう周りからは見えているだろう。その社長令嬢を右腕に持つ会長とあれば、まあ信頼うんぬんも頷ける。    生徒会副会長と風紀委員の長を兼任する私には、花島以外にも頭を悩ませている生徒がいる。  規律あるお嬢さま学校の気風を受け継ぐ学院の風紀委員長としては、見過ごせない生徒。にまつわる問題をどうしようか、差し当たってはそれを考えたいのだが――。 「それじゃあ、俺は先に出るから、後はよろしく頼むよ――副会長」  何をしに来たのか、花島は生徒会室から一人颯爽と、物腰軽そうに出て行く。全く本当に清々しい気分だ。  眼光を煌めかせるように睨むだけに留め、私も書類の山にさようならを告げる。  生徒会の仕事は、今日はこの辺りでいいだろう。  そろそろ風紀委員の仕事の事も考えなくては、とスマートフォンを開くと、事情を知る風紀委員の友人からねぎらいと仕事を片付けておいたという旨のメールが来ていた。 「……嬉しいものね」  友人の気遣いをありがたく受け止めた私は、久しぶりに早く帰るか、と帰り支度を整える。  既に4月後半で晩春も近い時期だったが、夕方は冷え込む。特に、丘の上に建っているこの学院の夕方の風は冷たいものがある。強い夕風に、咲き誇る桜の並木や花園の花たちが散ってしまわぬうちにと意識をしながら。 ――今日も、他人に敷かれただけのレールを歩く。それは楽だけれど、とても辛いことだ。 「はぁ」  学院の廊下は寒々しい。  まさに、夕方のこの時間帯は。  カツカツと学院指定の上履きが、廊下に足音を反響させる。  生徒会室の鍵を握る手のひらは、季節の変わり目を予感させる風に包まれて冷たい金属の感触を忘れていった。  その忘却の内に、この日々も混ざっているのだと思うと、柄にもなく侘しさのようなものがこみ上げてきて、ピンで留めたブレザーの首元が締まるような感覚があった。否――それは侘しさではなく、きっと焦りだ。この日々が明日明日月日と続いていけば、その先に待っているのは仰々しい看板を背負っただけで。  今の私が抱くこの気持ちを殺して、その遺骸の上に立つしかない未来だ。
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