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遥グループと言えば、この都市を牛耳る企業である。そして、私は遥グループの社長令嬢であり――。
気張った格好をするのは疲れる。
貼り付けた笑顔が、実際的な重みを孕んでいるかのように私を苛む。
風紀委員長である私が、平日の授業日にこうして外を出歩けるのも、面倒な企業のしがらみがあるからだ。
昨日は遥グループ主催のパーティがあった。夜開かれ、今朝、お開きというもので。このあと、二次会という名目の商談が数々ある中、令嬢を狙ったボンボンたちの口説きが始まる。適当に理由をつけて逃げてきたというわけだ。
私に支給された服は、雇っているメイドが仕立てた一級品。堅苦しさは、そのフワッとしたドレススカートにキリッとしたコートという何ともアンバランスな服が全て原因だった。
家の者がいない、学院からも遠いこの場所で、ふと出会うことがなければ……。
信号を待つ後ろ姿は、制服こそ着ていないが、間違いなく彼女のものだった。
滝夢奏。眩しいほどに自由。
迷いは、変わりかける信号機の色が打ち消した。
「……今日は平常授業なはずよ、滝夢さん?」
隣に並び、それだけを言う。少しは驚くだろうと思っていたが、存外、彼女の神経は太いのかもしれない。
「それはたった今学院をサボってるあーしに、同じ状況の風紀委員長が言う言葉?」
こちらを見ようとはしないが、声質にはガッカリしたような色が現れていた。
私は、慌てて訂正するように……不思議と、慌てる。
「今日は、遥グループ主催の催しがあったのよ。だから、今日の私は遥グループ令嬢ね」
「だったら、あーしに構う必要はない、違う?」
――慌てて。その理由は、今ならきっと分かる気がする。
「いいえ、もうパーティは終わり。私は家に帰る所。だから、一生徒として、あなたと話しているの」
「詭弁でしょ、それ」
嘆息には、どこか安堵が含まれているような気がした。
「………詭弁でも何でもいいわ」
詭弁でも何でも。それは、詭弁ですらない傲慢な利己心に思えた。
同時に、横断歩道を渡り終わる前に、きっと、彼女は、私から離れていってしまうだろうと思った。
ふとした邂逅に重ねた、ほんの気まぐれだと思う。もしかしたら、気まぐれではないのかもしれないけれど。どちらにせよ、自分でも分からない思いが――このまま滝夢さんと別れてしまいたくない、なんとか引き留めねばという思いが――私に詭弁にも満たないわがままを言わせた。
「付き合いなさい。風紀委員として、目の前で堂々とサボっている生徒は見過ごせない」
そう言うと、彼女は鼻で笑いながら……その裏に隠れた何かを腕に必死に抱きしめるように、自分の腕を抱きしめた。
「それこそ、あーしが行くと思った?」
――離れてしまわぬように。
真昼の春。未だ暖かな雰囲気に包まれた街並み。歩くブーツの音は、どこか重々しかった。
「………それでも、あなたと行くわ」
重々しさを覆い隠すような、図々しさで。
私の季節は、変わり始める。
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