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それから一週間と少しが過ぎても、私はあの時見た綺麗な夕焼けを思い出していた。いつかもう一度見てみたいと、私は恋い焦がれていたんだと思う。退屈な生徒会室も、どこか、私だけが浮き足立って見えたことだろう。
相変わらず会長とは名ばかりの性根の腐った男は私に構ってくるが、それは鬱屈とした雨の日みたいに、同じこと。ただ傘をさせばいい。
それよりも私の心を引きつけて離さなかったのは、夕方の日に焼けて見えなかった、あの時の彼女の頰だった。あの時感じていた感覚、胸が踊るような感覚。恋い焦がれていたのは、その感覚をもう一度確かめるために、私はあの時の滝夢さんがどんな顔をしていたのか、知りたかったのだろう。
頬杖をついて視線を投げた生徒会室の窓から、桜の花びらがひらひらりと散っていく様子が見えた。まるで、なにかの運命の終わりが近づいているみたいに、閑散とし始めた木の幹に座る小鳥も、どことなく寂しそうだ。
春の夜は、寂しさに拍車をかけるように少し冷たかった。
昼間暖かさを注いでいたはずの陽光が顔を隠す闇の舞台の上では、きっと夕焼けも消えてしまう。
私の記憶には、深く焼き付いていたけれど。
「ふぅ、こういう仕事は疲れるね」
同意を求められている。
だが、同意などするはずもない。
「そうね」
息を吐くのと同じように、三文字だけ言葉を発する。三文字とはいえわざわざ返したのは、皮肉を混ぜたからだ。
風紀委員長と生徒会副会長を兼ねている私の仕事量をこなせば、嫌でも慣れるというものだ。本来ならば副会長がやる仕事は会長よりも少ないか同じくらいのはずなのだが。逆転した状況に気づく盲目を剥がしてやりたい。
内心はいつもと同じ。
繕った肌が見えないように覆い隠している。
「もっと他に無いのかい?」
「無い」
「つれないね………」
この男のために使う一文字ですら無駄に思えた。
あの黒猫の日なら、慣れ親しんだ喫茶店のメニューのたった一文字でもいつもと違って見えたのに。
短いまま動かない灰色の螺子。私の仮面を私の身体につけているのはそんな螺子だと思う。動かないのは、それを動かしてしまえば、決して元には戻れないと分かっているから。
そのうち、自分の輪郭すら分からなくなってしまいそうで怖かった。まだはっきりと分かっていたのは、私が抱く思いだけ。彼女の自由さに憧れた、この心の姿だけだ。
「そういえば、聞いたよ」
世間話でもするかのように、私に向けられた言葉。この空間で、そう言われれば、嫌でも私に向けているということ分かる。
それでも、返す言葉はない。
けれど、それが、予期していなかった言葉だったから――、
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