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結果的に、私はあの時正しい選択を出来た。そうでなければ、今こうしていることはない。
彼女は、屋上に続く廊下の窓際に寄りかかり、背を向けて夕空を見ていた。寒々とした空が遠のく色だった。
「………滝夢さん」
私が名前を呼ぶと、驚きを隠さないで振り返る――その目は赤く腫れている。
「何で………何で来たし」
きっ、と睨んだその目線の先には、普段の私はいなかった。そこにいたのは、ある意味ではいつもの私。
ありのままの私。私は、ありのまま小さかった。
「いつもここにいるでしょう?放課後や、授業中」
意図的に話題を変えると、眉をひそめて、彼女は剣呑さを増す。
「………何で知ってるわけ」
「見えるもの。生徒会室から」
私 は窓の外を指をさし、その先にはいつもの生徒会室があった。コの字に曲がった校舎の対になる部分。私は、時々彼女がいるのを見ていたのだ。あの夕方の日から。
「………あーしの答えになってないんだけど」
私をしっかりと覗く双眸には、どこか恐れがあるように思えたのだ。
生徒会室の時と同じで、言いたいこと、謝りたいそれ、届けたいそれ、全部全部、どんな声にすればいいか分からなくて、私の言葉は喉に詰まって出てきてくれない。
「その………私は」
――刹那、だった。
「あんたも……あんたも!あーしをモノみたいに扱って、それで最後はいなくなるんだろ!あの生徒会長が言ってた……あーしのことを蔑んでたって。結局、哀れみであーしに近づいて、ママみたいに……あたしを、捨てるんだろ!!その、下卑た目で――っ!!」
返す言葉は、浮かんでくれなかった。
赤色の目元から雫をちらしながら叫ぶ――その彼女の気迫に、私は完全に気圧されて、なんとか出かかったその場を取り繕うような言葉も顔を見せることはない。
だけど、私は、これだけは否定しなければならない。感情を解放した彼女に感化されるように、私の感情は流れていく。
「違う!……ごめんなさい、でも、それだけは違う!私は、あなたをそんな風に扱ったりしない、これだけは何が起ころうと変わらない!!」
溢れる気持ちは、止まらない。
夕闇を背に、彼女は叫んだ。
「都合のいいことを言って、あんたは!私を見下していたんでしょ!?その、高い位置で!!」
ぶつかる気持ちは、止められない。
涙散る彼女を前に、私は叫んだ。
「――それは、遥美麗だったから。本当の私は、臆病で、誰よりも強がりで、寂しがり屋で。私は、本当の私は、あなたと……」
声音は震えていたことだろう。
私の目から、一滴の雫が垂れた。
「友達に、なりたい」
彼女が覚えたいちばんの感情は、疑惑だっただろう。私から発せられるとは、とてもじゃないが考えられないような一言だったから。
それでも、朱色の頰は、わななく声とともに、私を射抜く。まるで、私じゃない人を見ているように。
「……じゃあ、本当のあんたは、いったい誰なの」
そう聞かれて、私はすぐに応えることができた。ずっと、彼女に伝えたかったから。
「高潔とはかけ離れた、少し触ればすぐに崩れてしまうような、そんな、弱い人間なのよ。本当の私は……社長令嬢には相応しくない、小さい女の子」
彼女は、それきり黙り込んでしまった。
窓の向こうを見つめる彼女の瞳には、何が映っているのだろう。
どこを、見ているのだろうか。
翡翠色の木々を追い越して、茜色が深まる夕焼けの校舎。
――夕焼け。
「……ねぇ」
彼女は、暫くしてから私に声をかけてきた。その声音は、存外はっきりとしている。
「今度は、あーしについてきて。……絶対だから、拒否権はないよ」
まるで、あの時の私のように。
だから私も、あの時のように。
「……えぇ」
学校を出るころには、黄昏は黒に塗れていった。
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