前編

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前編

授業が終わって教室内に溜まっていた人と空気が開放されていく中、私はどこに行く事もせず、ずっと座っていた。 ワタル君が私を迎えにくるから。 待っていれば別の教室にいた彼が一日の勉強が終わってホッとしながらやって来る。 私を見つけると顔をほころばせ、指をからめてひっぱって私を教室の外へ連れ出してくれる。 「ほんと、ほのかはお姫様だよね、僕が迎えに行かなかったらどうするつもりなの?」 ワタル君は目を細めて私に微笑んだ。 「様子を見に行くよ、心配だし」 「またまたぁ、そういう優しいこと言っておいて、実際は僕をおいて帰るんだよ、全くずるいんだから」 ハハッと屈託なく笑いながら、ワタル君は腕を私の首に回した。そのまま引き寄せられる。 教室の外はまだやかましい。 廊下は所々に人が立ち止まって話をしている。 雨の日の水溜りのように彼らを除けながら歩く。  たまにその水溜りは時にこちらに向かって突進してくるからやっかいだ。 ワタル君は肩に回した手を離さなかった。 校舎の出口を目指す。 「今日は図書館には寄らないの?」 「寄りたい?」 「ううん、今日はいい」 「ほのかの好きなケーキ屋さん秋の新作出したって看板出してたよ、今から行かない」 「行く」 「ケーキ買って帰って家で食べていい?」 「うん」 私のうちでいいのかな、来るのなら買い物にも寄りたい。 夕飯にワタル君の好きな唐揚げを作りたいから。 水溜りの集団の一つがワタル君に気付いた。 さっきワタル君が授業を受けていた教室の前にまだ同級生が残っていたのだ。 「あっ、ワタル、どこ行ってたの」 「彼女のお迎え、またな」 「いつも一緒じゃん、彼女、ワタルに飽きてんじゃないの?」 「今からみんなで遊びに行くけど、彼女も一緒にどう?」 私の頭上で会話が繰り広げられる。 彼らの背が高いから、という理由だけではない。 私に話しているけど、彼らは私を見ていない。 ワタル君を半分は本気で誘いつつ、もう半分はワタル君をからかってる。 「うるさい、邪魔するなよ」 ワタル君は笑いながら友人を牽制した。  こうやってからかうのはいつも男の子。 女の子は思っててもワタル君の前では言わない。私のことを色々言ったら彼に嫌われるのがわかってるから。 「後で連絡する」 ワタル君はそういうと私を即して歩き始めた。 ワタル君は人当たりがいい。 コミュニケーション能力ばっちり。 だから私みたいな非リア要員とも付き合えてしまうんだ。 私は初対面の人には臆してしまうし、なかなか人に気を許せないタイプ。 今もヘラヘラ笑ってるだけで何も言えないでいた。 校舎を出て街路樹を歩く。 暑いだけだった夏はもう終わりかけていた。 まだまだ昼間は外出するのを躊躇わせる気温だけれど、太陽があちらを向き始めると大分と過ごしやすくなる。 赤とんぼが数匹、人波を気にせず変則的に方向を変えながら低空飛行で飛んでいた。 自由だな、と思いながら目で追う。 人にぶつかると思わないだろうか 人に生け捕りにされるって心配しないのかな 余計なお世話なのかもしれないけど、と思いながら前を見るとワタル君の目の前に石畳の割れた所があった。 思わず手を袖を引っ張る。 足元に気付いたワタル君は嬉しそうな顔をすると私の頭に手を置いて犬みたいにワシワシと撫でた。 それから私に文句を言われる前に指で髪をとかしたがかまい足りないのか髪をすくって掴むと遊びだした。 「ありがとう」 危ないのを知らせたからお礼を言ったのではない。 私がワタル君を気にした事が嬉しかったからだ。 そんな人だからワタル君に私はたやすく心をつかまれてしまった。 本当にワタル君は人たらしだ。 私と正反対のタイプ。 ワタル君は、どこをどうやって私と付き合いたいと思ったんだろう。 それが目下の謎だった うちは両親が共働きで夜になるまで家には誰もいない。 晩御飯は私の係だ。 鶏もも肉を醤油ダレにつけている間、ワタル君と家の周りをお散策することにした。 私の住んでいる町は典型的な家しか建てられない住宅地だ。 そして、昔から必要な時に山を徐々に切り開いて、家を建てているので、昭和の昔からあるお屋敷から最近出来た家、古い家を壊して最新型の小さな家をいくつも並べて建てた家、とごちゃごちゃしている。 ワタル君は大学では建築学科に在席しているから、大きな駅にあるビルを観に行ったりもするけど、時間の変遷とともに変わっていく住宅の形にも興味があるので、うちに来たらよく近所を見て回る。 手を繋いで歩くのは、さすがに家の近所だし人の目が気になるのだが目を輝かせて建物を観察しているワタル君を見ていると、まあいいかと思えてしまう。 一緒に歩いていると、ワタル君の携帯からラインの着信音がなった。 さっきの友達からなのだろう。 しばらくやり取りをしていたがケリがついたのか携帯をしまった。 夕飯を終えてほのかの家を出るとワタルは大学の方へ戻った。 いかにも学生向けの居酒屋へ行く。 大学で声をかけてきた奴らはあの後遊びに行かず、部室でゲームの対戦をしていたらしい。腹が減ったから帰る前にここに食べに来た。 明日は土曜日で授業もないし、メンバーには同じ寮に住んでいるヤツもいる。 かけつけに一杯といわれて渡されたビールをとりあえず飲み干す。 ほのかは自宅に帰っているからもう送る心配はない。 いくら飲んでも大丈夫だ。 そう決めるとみんなの輪の中に入った。 ワタルは男友達と飲みながら話すのが好きだった。 気が置けない友達と馬鹿騒ぎするのも楽しい。 だけど… いくぶん酔うと感情のロックが外れた。 ほのかといると気が安らぐ。 ほのかのいるぬくぬくとした世界にもっと入りこみたくなる。 さっき別れたばかりなのに今はもうほのかが恋しい。 ほのかはいないので隣の友達にすり寄ることにする。 隣に座っている友達の肩に頭を預ける。 「ほのかはさあ」 ズリ 「冷静なふりしてるけど、本当は僕がいないと生きていけないって多分思ってる、僕がなんでも持ってて自分には何もないって思ってる」 ズリズリ 「馬鹿だよね、僕の方がほのかが側にいないと生きていけないのに」 「ワタル重いよ」 もたれられた友達はずり下がっていく頭に抵抗出来なくて逃げられない。 「ほのかはやりたい事見つけて俺が邪魔になったら躊躇なく捨てるよ」 そういいながら、更にズリズリと体を下にずらしていき、床にペタリ頭をつけると眠気がおそってきた。 「あーワタル寝るなよ」 諦め口調の声が遠くに聞こえる。 「俺、こんなに好きなのにさ」 ワタルは目を閉じた。
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