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高校3年の夏、生まれて初めて…ではなかったが、所謂告白というものを受けた。
いや、しかし、それが男…、つまり同性からだという点に置いては生まれて初めてといっても過言ではなかった。
「か、甘野 幸臣(かんの ゆきおみ)センパイ…!!大好きです俺と付き合ってください…!!」
「………は…??」
顔を赤らめ、俯いて一息に言い切った彼の言葉をつい聞き返してしまったのは、彼の声が今にも消え入りそうだったから、だけではない。
だって、告白の主―松芝 光大(まつしば こうだい)は校内じゃ知らないヤツはいないくらいの有名人だった。
183cmの細身の長身はスリムに引き締まっており、手足の長さは外人並み。
さらさらで黒翡翠色のストレートの髪は、陽に当たると綺麗に艶めく。
少し長めの前髪から覗く色気が溢れるような深い藍色の涼しげな目元、すっと通った鼻筋、血色のよい唇。
ほんで、小顔。
こんだけ恵まれた容姿で、さらにミステリアスな雰囲気も兼ね備えているという彼は、新進気鋭の高校生モデルとしても活躍しており、バレー馬鹿で芸能人だのアイドルだのに疎い俺でも流石に少しは知っていた。
女子マネたちが、
「超クールでいつもどこか淋しげなとこがたまらないの!」
「あのミステリアスで絶対笑わないところがいいのよー!」
などと騒いでいたのを思い出す。
つか話したこともなかったし、一個下の学年だし、生きる世界も違うというか、全く接点のなかった俺と彼。
…ちょっと何を言われているのかよく分からない。
いつも通り部活のために部室に行こうとしたところ、ほぼ初対面のそいつに半ば拉致の勢いで連れてこられた屋上で、突然投げつけられた言葉がそれだった。
え、こいつ大丈夫?
視力…つか頭の方の問題??
「…。」
「…。」
「…。」
怪訝な顔で固まる俺に、彼はもじもじ、という擬音がぴったりな態度でちらちら、とこちらを長い前髪の下から伺い見る。
…なんだろう、このなんとも言えない気まずい空間は。
「…甘野ゆき…、」
「いや、聞こえてるから。」
聞こえてなかったとでも思っているのか、もう一度同じフレーズを紡ごうとしたヤツの言葉を俺は被せぎみに遮った。
んな妄言、2回も聞かされてたまるか。
「えー…っと、一応確認するけど、なんかの罰ゲームだよな?そんなつまんねーこと止めとけよ。誰も得しねーよ。」
「いえ、罰ゲームなんかじゃありません。信じてもらえないかもだけど、ほんとにほんとにセンパイのこと大好きなんです…。」
…いやもうちょっとそんなチワワみたいなうるうるした目でこっち見ないでくれるかな。
「俺そういうタチの悪い冗談大嫌い。」
「冗談なんかじゃないです!!ほんと、一目惚れなんです…!!センパイは、俺のぜ、全部です…。」
…。
なんだかなぁ。
「…頭大丈夫か?熱中症じゃねーの?」
段々可哀想になってきて、ふいにヤツの額に手を当てた時。
ぶわっという音が聞こえるくらい分かりやすく、ヤツの顔がさらに真っ赤になった。
「…え…。」
「す…すいません…っ!!こ、こんな、甘野センパイ近いの初めてで…っ。」
ヤツは長い睫毛を少し伏せて、恥ずかしそうに頬を染める。
「…。」
「…。」
…マジなの?
いやいや待て。
どう考えても、おかしいだろ。
いっとくが、俺はバレーボールしてる以外はこれと言って特徴もない男だ。
髪もスポーツ刈りとまでは言わないけど、短髪がちょっと伸びたくらい。
色素の薄い髪は生まれつきだけど、こいつみたいにサラサラでも艶々でもない。まぁ女顔だとか猫顔だとかチームのヤツらからはからかわれるけど、目付きは悪めで有名だ。
何より口は悪くて粗暴。
お世辞にも女子にモテるタイプとは言えないし、こんな整いすぎた顔の同じ星の生き物とは思えない、少女漫画かなんかから飛び出してきた王子みたいな存在に目をつけられる理由は皆無だ。
つかこんなヤツにはどう考えても可愛い女子が似合うだろ。
そう、そもそも俺は男でヤツも男だ。
そもそも論だ。
「…。」
キラキラした眼差しで少し不安気に俺を仰ぎ見るヤツに、俺はがしがしと短い髪の頭を掻く。
「えー…と、もしお前の言ってることが冗談じゃなかったとして、だな。」
「もちろん真剣です…!こんなに人を好きになったのは初めてなんです…。信じてもらえないかもしれませんけど…!」
ちょ、近い近い!!
何コイツ、肌つるつるじゃねーか。
なんか腹立つ。
いやまぁそれは一旦置いといて。
「俺、男だけど。」
「性別とか関係ないです…!」
いや関係あるだろ。
もう、何こいつさっきからちょっとびくびくオドオドしてるくせにいちいち圧が凄い。
つかなんか皆が言ってるような、ミステリアスだの超クールだのという雰囲気を微塵も感じねーのは気のせいだろうか。
「…そういうの、別に偏見とかはねーけど、興味もない。つか、今はインターハイかかった最後の大会のこと以外考えらんねーから、男だろうが女だろうがこの大事な時期に付き合うとかそんな暇ない。」
びしっ、と言い放った俺にヤツはその綺麗な顔を少し俯かせた。
あー…きつく言いすぎたかな。
けど、ほんとのことだしまぁこんくらい…と思った俺を、予想外の恍惚とした視線が貫いた。
「…センパイ、やっぱすっごくカッコいい…。」
「はぁ!?」
なんでそうなる!?
マジで大丈夫かよ、コイツ…?
「わかってます、今がセンパイの大事な時期だってちゃんとわかってますし、ちゃんと応援します…!邪魔は絶対絶対しませんから…!!」
「お、…おぉ?」
「…でも今のうちに言っとかないと、それこそ大会が終わっちゃったらセンパイ誰かに取られちゃいそうだから…。不安なんです…。」
「いやいや、大会終わったら受験だから、取るも取られるもない。」
県大会ではベスト4常連のうちの高校だが、悔しいかな後一歩のとこでインハイ出場を逃し続けてる。
もちろんこの大会だって、本気でインハイ出場を目指してるが(つか絶対出る!)、大学でもバレーを続けたい俺は、やっぱ強豪の大学に入りたいわけで。
県大会のベストリベロ賞一回獲ったくらいじゃスポーツ推薦なんてもらえる可能性は低い。
ならちょっと偏差値高めでも頑張って自力で入るしかない。
勉強は得意な方ではないが、バレーが出来るためなら頑張れる。
…だからやっぱり、そもそも論は一旦棚に上げたとしても、バレー以外のことに割く時間はないのだ。
ふぅ…と小さく息を吐くと、俺はちらちらと上目遣い(いや俺のほうが10cm以上背が低いようだから上目遣いにはならねーけど)でこちらの様子を伺うヤツに目を向けた。
「あのな、真剣に言ってくれてるっていうから真剣に返すけど、やっぱ俺は今はバレーのことだけ考えてたいから。ごめん。」
「…。」
「…けどまぁ、気持ち…?はありがたく受け取っとくわ。わざわざありがとな。」
「…!」
俺の一言一言を、ヤツはその強すぎな目力を真っ直ぐに俺に向けて聞いていた。
いやもう見れば見るほど整った顔してんなぁ…。
なんで俺なんかにこんなこと言われてんだろうな…。
可哀想に…。
いっそ憐れみの気持ちすら起こってくるのは、いまだコイツの言ってることを半分も信じられなかったからだ。
でもまぁ、冗談にせよ罰ゲームにせよ血迷ったにせよ、真剣って言うならこっちも真剣に乗ってやるのが礼儀ってもんだ。
「じゃ、俺部活行くから。じゃあな。」
「…っ、」
名残惜しそうに何か言いかけるヤツを置いて俺は歩きだす。
「あ。このこと誰にも言わねーから安心しろよ。」
最後に振り返ってそう付け加えた時、気持ちのいい南風がさぁ…っと屋上の上を吹き抜けた。
その時の風に靡いて揺れた艶やかな髪と、その下から覗いた俺を貫くみたいな優しい目に、なんだか一瞬時間が止まったような気がした。
…すげー経験したな。
屋上から校舎に続く階段を駆け下りながら思い返す。
狐とか狸に化かされるってこんな感じなんだろうか。
そんなことを思いながら部活に向かう俺は、狐や狸どころかとんでもない駄犬に捕まりかけていることに気づくよしもなかったのだった。
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