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「…。」
部活中の声やボールの音なんかが響き渡る、放課後の体育館。
いつもの10倍目付きの悪い俺に、チームメイトであり頼れるMBであり親友(いや悪友かも)でもある波瀬 一景(はせ いっけい)が面白がるように声をかけてきた。
「また来てんなー、ユキくんの彼女❤️」
「…。」
俺は無言で波瀬の脇腹に一撃を入れる。
188cmという長身の波瀬はいつものことだと甘んじてそれを受け入れやがった。
なんだよアイツ。なんなんだよ。
そう、あの日俺に謎の告白をかましてきた松芝 光大は、あれから毎日毎日放課後男バレの練習を見に来るようになったのだ。
「あのヤロ…。」
本人は二階の観覧席からこっそり覗いてるつもりなんだろーけど、あんなハイスペカリスマヤローはそこにいるだけで目立って仕方がないのだ。
そして、さらにタチの悪いことに、ヤツが眺めている視線の先は誰がどう見ても俺だった。
最初は同じ体育館で練習してる女バレの部員か、マネージャーにでも会いに来てるのか?と思ってたらしきチームメイトも、ヤツのキラキラした目線の先にいる人物に段々気付き始めてはざわめき出した。
え、甘野キャプテン、松芝くんに何かしたんですか?なんか弱みでも握ってるんですか?
戸惑いの雰囲気が皆を包む。
しかし、ヤツが俺の練習する姿を見てうっとりした表情を浮かべたり、たまに目が合うと控えめにひらひらと手を振ったりする姿を見て、あぁ、キャプテンのファンなんですね!趣味悪いですね!と謎の納得をするようになった。
大迷惑だ。
ヤツが練習を見に来るようになって二週間程が過ぎたが、その噂は校内中に広まり、俺までちょっとした有名人になってしまいつつあるのだ。
あの日俺がアイツの黒歴史になってはいけないと、黙っといてやると言った気遣いは全くの無意味に終わった。
「…。」
無言でギャラリー席を睨み付ける俺に気づいた松芝が、はにかむように顔を赤らめる。
なんだお前!乙女か!!
たまたまその光景を後ろで見ていたマネージャーが顔を赤くして松芝のその様子に見とれていた。地獄だ。
小首を傾げて微かに微笑むんじゃねえ!!
つかお前笑わないモデルじゃねーのかよ!!
今すぐギャラリー席に上って腹パンを入れてやりたい気持ちを必死に抑える。
「しかしほんっと美人だな、ユキくんの彼女は。」
「彼女じゃねえ、っつってんだろ!!」
「じゃあ彼氏?」
「殺すぞ!」
「うへぇ、暴力はんたーい。」
全然懲りない様子で波瀬は今度は俺の一撃をひらりとかわした。
「もう一回びしっと言ってきてやる。」
「別にいいじゃん、チームに迷惑かけてるわけじゃないし。むしろ彼が見に来るから彼目当ての可愛い女子たちが集まってくれてやる気倍増って感じ。」
…そうなのだ。
最近やけにギャラリー席が華やかなのは、明らかにヤツの功績(?)だ。
しかもヤツ自身がなにかするわけじゃないから黄色い声援が飛んだりしてうるさいわけじゃないし、俺らの練習には全く影響はなかった。
むしろ可愛いギャラリー(いや彼女らの目当ては松芝光大であり、俺らのことを見てるわけじゃねーんだけど)が増えて俄然チームの士気が高まっているくらいだ。
「彼が見に来るようになって、マネちゃんたちも女バレの面子もなんか可愛くなったと思わない?」
「知るかんなもん!」
ぷんすかする俺に波瀬がふと顔を寄せた。
「…実のとこなんであんなカリスマの塊みたいなヤツに追いかけ回されてんの?罠にかかった彼を助けてあげたりしたとか?それかお前のほうがなんか罠にかけられてる最中とか?」
「…知らねーよ。」
松芝までとはいかないが、波瀬だって切れ長の一重が印象的な、十分なイケメンだ。
俺はぷいっと近すぎる波瀬の顔から顔を反らす。
「頭のオカシイヤツの考えることなんか俺にわかるか!!…オラーッ!!スパイク練いくぞーっ!!!!」
げしっ、と波瀬のふくらはぎに一発蹴りを入れて、俺は散らばってレシーブ練をしていた部員たちに声をかけた。
「いった…。暴君にもほどがあるでしょうよ…。つーか…あれさぁ、ファン、っていうかむしろ…。」
後ろで波瀬がぶつぶつ言ってるのが聞こえたが、俺はそんなもの気に留めずコート内に走っていった。
だから、ふいにギャラリー席を見上げた波瀬が、ゾッとするくらい冷たい目で自分を見下ろす松芝を見て
「…こっわ…。」
などと呟いたことなど知るはずもなかったのだった。
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