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それから。
「センパイ…。」
「…。」
「…センパイ。」
「…。…。」
「センパイ…!」
「…。…。…。」
こいつはストーカーという言葉を存じ上げているのだろうか。
俺が行く先々には必ずといっていいほどコイツがいる。
登校時、学食、移動教室、クラブの後に寄った本屋。
しかも堂々と話しかけてきたりするのではなく、物陰からそっ…とこっちを伺い見ているのだ。
大変に心地悪い。
いや、気味が悪い。
今も駅前の本屋にて毎月買っているバレーボールの月刊誌の今月号を手にした俺は、本棚の影から例のごとくじ…っと俺を見る視線とばっちり目が合い、盛大に溜め息をついた。
あれで隠れてるつもりなのかあのバカは?
180㎝を越える長身が隠れられるわけねーだろ。
つかお前モデルの仕事っていつやってんの?
だいたい毎日こうして見かけるんですけど!
様々なツッコミが頭を駆け巡る。
駆け巡るが、とりあえず俺はつかつかとそいつに近づいていくと、雑誌を持っていない方の手で思い切りその形の良い頭をはたいてやった。
パァン、と軽快な音が響く。
「いった…!」
「バレバレなんだよハイスペカリスマストーカーヤロー。」
「…センパイ…、それ、俺のあだ名ですか?」
へこたれるどころかこいつは嬉しそうにキラキラした目で俺を見る。
「嬉しいです…!俺もセンパイとチームメイトの皆さんみたいにあだ名とかで呼び合いたかったから…。」
うっとりした表情のコイツに俺は瞬時にホラー映画でも見たかのようなトリハダを感じた。
「あだ名ってお前…。」
「センパイ、もう一回呼んでください…!…ハイスペ…?」
「…。」
…気の毒になぁ。
仕事と学業の両立が忙しすぎてこんな残念な頭になったんだろうか…。
「…哀愁ストーカーヤロー。」
ボソッと呟き、レジへ向かう俺の後ろを
え、他にも色々考えてくれてるんですか!?などとほざきながら松芝も着いてきた。
「着いてくんな!」
と凄んでみても、その辺りの言葉はこいつの耳には全く入らないらしい。
ほのかに頬を染めながら嬉しそうに着いてくる。
どんな思考回路してんだこいつ。
無視してレジを通していると、ふと、店員さんの後ろに貼られた大きなポスターが目に入った。
『クールに纏う、ブラウンの誘惑。』
男性向けファッション誌の、そんなキャッチフレーズと共にやたらこじゃれた服を着て、こちらに鋭い目線を向けるとんでもなく綺麗な顔が飾られていた。
見るものを貫くような、睨むような流し目のその視線。
どこか切なげで、吸い込まれそうなほど魅惑的で、その表情に、思わず引き込まれる。
「…。」
そ…、と後ろを振り向くと、「?」という疑問符が頭に浮かんでいそうな顔をして、ほわほわとしたひょろりと長身の男が小さく小首を傾げてはひらひらと俺に遠慮がちに小さく手を振っていた。
「…。」
なんだかなぁ。再び。
同一人物じゃねーよ、絶対。
あっちの雑誌のヤツのほうはCGかなんかじゃねーの?
そんな中ふいに耳に入ってきた声に俺は我に返った。
「あれ、モデルの松芝光大くんじゃない?」
「えー、ウソ、やだホンモノ!?」
ほら見ろ思いっ切り見つかってるじゃねーか!!
俺がレジを終え、出口に向かう頃には松芝はあっという間にわらわらと湧いた数名の若い男女に囲まれていた。
ユーメー人は大変ですねぇ。
囲まれたアイツがどんなモデル面してんのか最後に拝んどいてやろ…、そんなことを思って俺は松芝に目を向けた。
…え…?
その時の松芝の表情は、なんつーか、ほんとになんというか、表情がなかった。
俺に見つかった時みたいなへらへらした顔を浮かべるでもなく、さっき見たモデルをしてる時の鋭い表情でもない。
目の中におよそ光なんて感じなくて、伏せた視線は自分を囲む誰も写していなかった。
きゃぁきゃあと盛り上がる周囲の中、ヤツだけが時間が止まったように立ち竦んでいた。
「…!!」
咄嗟にヤツの腕を掴んで俺は強くヤツの身体を引っ張る。
「…っ、セン…パイ…っ?」
「ボーっとしてんな、走るぞ。」
…何でそんなことをしたのか俺自身にもよく分からない。
ストーカーを捲く絶好のチャンスを俺は自ら棒に振ったのだ。
けど、驚いたように目を大きくする松芝の瞳がいつものように戻ったのを見て、俺はどこか安堵していた。
えー…行っちゃったー!何よもー!!、と背中にかかるがっかりしたような声を聞きながら、なぜか俺は松芝を連れて全力ダッシュで本屋を後にしていたのだった。
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