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「…俺…、」
「…うん?」
「…ずっと自分の事も周りのことも嫌で嫌で仕方なかったんです…。」
「…。…うん。」
松芝はそのまま、地面を見つめながらぽつ、ぽつと続ける。
「俺、暗いし怖がりだし人見知りだし、根暗で背ばっかり高くてひょろひょろで、友達もいなくて小学校中学校の時はずっと苛められてたんです。」
…ん?
すでにツッコミたいポイントはいくつかあったが、辛いものを絞り出すように話す松芝の様子に、俺はとりあえず耳を傾け続ける。
「…高校に入ってモデルにスカウトされた時も、怖いし嫌だったけど、事務所の人に嫌って言えなくて…。たくさん人がいるとこ嫌だし、他のモデルやってる人たちキラキラしててなんか怖いし…。」
…暗っ。
そんな感想が頭を駆け抜けるが、松芝の肩が微かに震えているのを見て、俺は黙って話を聞き続ける。
「…なのに辞めますって言いそびれ続けてたらなんかいつの間にかモデルで有名になっちゃって、そしたら急に周りに人が集まってきて、中学校の時俺を苛めてた人たちまで友達だなんていいながら寄ってくるようになって…、」
…あー。
コイツはコイツで色々苦労してんだな。
「もう何もかも怖くて嫌になって、もう全部全部消えてしまいたいって…、」
「…松芝…、」
肩を落とす姿が泣いてるように見えて、俺は思わずその細い肩に手を伸ばしかけた。
「…そんなこと思ってた時に、俺…、センパイに逢ったんです…!!」
…が、突然キラキラした瞳で松芝が顔を上げたもんだから、俺は思わず伸ばしたその手を反射的に引っ込めた。
「…え?俺…?」
「もう全部どうでもいい、このまま辞めてしまえるならって初めてモデルの仕事、サボっちゃおうとした日だったんです。たまたま通りがかった体育館で、何回強いボールが飛んで来ても真っ直ぐに何回も何回も立ち上がってはボールを上げ続ける姿を見て…。」
「…まぁ、それがリベロだから…。」
その時のことを思い出しているのか、うっとりした目の松芝は俺の言葉などやはり耳に入っていないようだった。
「俺、そのセンパイの姿見て、なんでかほんとにほんとに救われた気がしたんです…!周りに比べて身長も低いセンパイが、一番大きく見えたんです…!!」
「…お前軽くバカにしてんだろ、それ。」
「…それから、毎日センパイが練習してるとこを見るようになったんです。」
え、そうなの?
全然気づかなかった…。
つーかやっぱ筋金入りのストーカーかお前!
心の中に吹き荒れるツッコミの嵐。
そんなものがコイツに伝わるはずもなく、ふと、松芝が穏やかな瞳を俺に向けた。
「…センパイ、部員の皆さんに見せないようにしながら実は一番努力してますよね?」
「…んなことねーよ。」
「ありますよ。俺、ちゃんと見てましたから。」
ふいに松芝が穏やかな表情をするから、俺も思わず返答に困る。
「スランプの後輩を大丈夫だから!出来たじゃん!!ってセンパイが笑いながら励ましてるのを見て、あぁ、俺もこの人に褒められたいな、認められたいな、って。こんな凄いセンパイにそう言ってもらえたら俺、こんな自分のこと少しは好きになれるかもしれないって。…それから、センパイに見てもらえるようになりたいって、モデルの仕事も頑張ったんです。」
「…。」
「…表紙、飾れたらセンパイに逢いにいこうってそれを目標に頑張ったんです。それで、センパイに告白して。」
「…おぉ…。」
あの日のコイツを思い出す。
そんな想いがあったなんて。
…そうだったのか。
いや、でも。でもね!?
「いやお前、なんかいい感じに纏めようとしてるけど、お前別に人見知りでも根暗でも怖がりでもないと思うぞ!?告白してからこっち、俺にしてきてる迷惑行為の数々を思い出せ!!怖がりの人見知りがあんな大胆なストーカー行為するか!?」
「もぅ、怖がりで人見知りだから物陰からそっと見つめるんじゃないですか♪」
「いや怖っ!自分の行動を前向きに正当化するな!!つかお前実はめちゃくちゃポジティブだからな!?俺が今まで出逢ったヤツの中では三本指に入るくらいにはポジティブだからな!?」
「えー、そんなことないですよー?
…センパイに関係することなら頑張れるんです。」
暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。
思わず立ち上がった俺に、座ったままの松芝。
必然と上目遣いで俺を見るようになったコイツの真っ直ぐな視線に、なんだか胸が変なざわめきを見せた。
「…まぁ、モデルの件はすげー頑張ってんじゃねーの。さっき見た雑誌の表紙のお前、確かにすげーカッコ良かったし。」
「…!!」
松芝が大きな目で俺を見た。
その目にみるみるうちにうるうると湧き出す泉みたいに、涙が溜まっていく。
「…センパイが、…褒めてくれた…。…俺を見て、くれた…。」
「は!?泣くなよお前、別に俺はそんなたいしたもんじゃねーし…、ってオイ…!!!!」
思わず声を上げたのは松芝が俺をその腕の中にぎゅっ、と抱き寄せたからだった。
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