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「…何してんだよ…っ、オイコラ離せ…っ!!」
「…お願い、センパイ、ちょっとだけ。…ちょっとだけ、だから…。」
俺の首もとに顔を埋めた松芝が呟く。
その肩がまだ少しだけ小さく揺れているのに気づいて、俺は一つ小さく息を吐くと、じたばたともがくのを止めた。
よくわかんねーけど、コイツはコイツなりに頑張ってきたんだな。
そう思うと、ちょっとだけ胸が熱くなる。
「…ちょっとだけ、だからな。」
「…はい…。」
俺を抱き締める松芝の両腕に少しだけ力が籠った。
松芝の背に俺の手は絶対回したりはしてやらないが、震える肩にそ、と手を置いてやる。
肩越しに見上げれば、綺麗な夏の夜空が広がっていた。
「…光大ってさ、いい名前だよな。お前に凄く似合ってる。」
「…っ、…嬉しい…、俺、こんなキラキラした名前、自分にはずっと似合わないって思ってたから…。」
「別に励ましてんじゃねーぞ。ほんとに思ったから言ってるだけだからな。」
「…はい。」
肩の向こうで松芝が少しだけ笑ってる気がした。
…誰だよ、笑わないミステリアスカリスマモデルだなんて言い出した奴。
ただの人見知り自己肯定感激低ストーカー高校生なだけじゃねーか。
けど、きっとこれが、素の松芝光大なんだろうと思うと、少しだけ愛しいような、そんな気がした。
「…甘野センパイ…。」
「ん?」
「…このままキス、していいですか…?」
…ん?
「はぁ!?ダメに決まってんだろ何言ってんだお前!!調子のんなバカ松芝!!」
「えー、今すっごくそんな雰囲気じゃないですかぁ。」
「全然違うわ!!離せ、離せバカ!!」
タッパのあるコイツの腕の中にいるというこの状況は不利どころか絶対絶命。
じたばたと再びもがき始めた俺、しかしコイツは全く動じない。
…貞操のピンチである。
「ね、ちょっとだけ、ちょっとだけですから。…お願い、幸臣さん。」
う…。
そんな切ない色気駄々漏れな顔で見るんじゃねー!!
「…っ、お前、急に…名前呼ぶな…っ!」
「…触れたい…。…幸臣さんにキスしたい。今したい。」
「う…。」
「お願い…。」
フリーズする俺に松芝の整いすぎた顔がゆっくりゆっくり近づく。
何コイツ、ほんと吸い込まれそうな綺麗な顔…。
いや、だがしかし!!
「んな顔してもさせるかーっ!!!」
ごちん!と鈍い音がして、俺は松芝の頭に頭突きを食らわせていた。
互いの額に走る鈍い衝撃と激痛に、互いに暫し悶える。
「いった…、…センパイ酷いー…。俺一応モデルです…。」
「知ってるわ…!!けど今はただの無理やりキスを迫る高校生ストーカーだからな…!!」
「…!…ふ…、なんですか、それ…、」
松芝が額を抑えながら涙目で笑う。
「そのまんまの意味だよ!」
その笑顔は確かに、幼いくらいに年相応のただの男子高校生で、俺も額を抑えたままなぜかつられて表情を緩めてしまったのだった。
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