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やはりわたしのことなど意識にないらしく、近づく面は方向を変える気配を見せない。
彼女とは対照的にうつむき加減になっていたわたしは、すれ違う寸前、意を決し顔をあげた。そして目だけを泳がせる。
―――えっ。
一瞬のことだった。しかし、ちょうど街灯の明りの中に入っていた彼女の顔は、しっかりとわたしの網膜に焼きついた。
意思に反し、わたしの足はとまっていた。また、すかさずふり返ったのも、無意識の行動だった。
細い背中が照明から外れ、徐々に黒いシルエットとなっていく。そしてその影は、そのまま参道を出ると、とまっていたバスのドアに吸い込まれていった。
彼女の乗車を待っていたかのように、丁府駅行きはエンジンを唸らせた。
「お姉ちゃん……」
洩れでた言葉は、六時を告げる梵鐘の音にかき消された。
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