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その旅立つ彼を、誇らしく胸を張って送り出す母たる彼女は微笑んでいた。
英雄と称えられた男の息子が世界の未来を背負って旅立つのだ。
その小さな背中には今、過剰な期待が載せられている。誰も止める事は許されない。
彼が彼女にとってたった一人の息子であろうと、この世を去った夫の忘れ形見であろうと。
大人達にのせられているだけだ、あなたである必要なんかないのだと、そんな言葉さえ喉の奥にしまい込んで、彼女はただ微笑んで行ってらっしゃいだけを言ったのだ。
大人達は薄々勘づいている。
国王が本当に彼に期待している訳では無い事を、彼以外にもそそのかされた若者は何人も他に町に存在している事を。だから与えられるのは精鋭が持つような物では無く一般的な剣と盾、そしてわずかな路銀でしかない。
大勢送り出し、英雄が一人出ればいいのだから。
それでも彼女はそれを口にしなかった。不幸な事に彼女の夫は英雄とされた男だったから。誰にもその名誉を穢させない為に、息子がそれを失わない為に、彼にすがって行くなという訳には行かなかった。
だから彼女が肩を震わせたのも、爪をスカートに喰い込ませたのも家に戻ってからだった。
それでも彼女は涙を流さなかった。英雄の息子の母が泣く訳には行かなかった。
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