赤い糸

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その数日後、だ。 「――え、」 いつもの様に図書委員会としての作業を終え、図書館に二人。業務用日誌に名前を書いている時だ。 返却された本をチェックし終えた木崎が此方へと長い脚を向けて戻ってくる。 (嘘、だろ…?) 俺の小指の糸が揺れた、と、それを辿れば行きついた先は木崎の手。 木崎の手を通過している訳ではない、紛れも無くそれは、木崎の小指へと絡まっている。 何で? え?これって運命の相手、そう言う糸じゃなかったのか? だって、それじゃあ、 「鹿野?」 「っ、あ、」 「大丈夫?顔、真っ赤だけど」 「だ、だいじょう、ぶ、」 いや、大丈夫じゃねーよ。 最近何となく小指の糸が揺れたりするな、と思ってはいたけれど、まさかその先に木崎が居たとは。 「腹減ったし、一緒にラーメンでも食って帰ろうって思ったけど、無理そう?」 「いや、うん、俺も、腹減った、し」 「そう?じゃ行こ」 最近こうして一緒に下校する事も増えた。 ついでに本屋に寄ったりだとか、買い食いしたりだとか、行けていないだけで木崎の家にまで誘われたりもしている。 変な話、友達みたいな距離感にどぎまぎしながらも嬉しいと思っていた。 全く生態性は違うけれど、それでもこんな風に声を掛けてくれたり、下校途中で寄り道したり。 近寄りがたい陽キャなんて、偏見染みた眼で見ていた事に申し訳なさも感じた程だ。 でも、 (これは、違くない、か?) けれど、けれど、ラーメンを持ち上げる右手のが動くと俺の右手の糸が動く。 何だか短くなっている気もする。 伸びるゴムのようなものかもしれない。近くに居れば縮み、離れれば伸びる。 「ここのラーメン、すげぇうまいな。特に煮卵好きだわぁ」 「…俺はチャーシュー好きだな」 やばいぞ、やばい。 ラーメン食べて満足そうな顔なんて可愛いじゃないか。大口開けて笑っても美形なんて良すぎる。 意識しない筈なんて、無い。 今更だがドキドキする。 「はい、じゃあ俺のチャーシューあげる。だから煮卵ちょうだいよ」 「え、半分齧ってるけど、俺…」 「全然いいよ。俺潔癖じゃねーし、気にしないし」 笑顔でチャーシューを掲げる姿とか、これがもしかして胸きゅんというものなのか、ドンっと心臓を無遠慮に押されたみたいだ。 一体どうしたらいいものか。 運命の相手が男とかあり?だって今迄男を好きになった事も無ければ、意識した事だってないのに。 そして、また悩む事、数週間――――。 「ねぇ、鹿野」 「何、?」 「俺さぁ、鹿野の事が好きみたい」 「は?」 修学旅行の真っ最中。 学生集団行動のお決まりとも言える時間厳守、大浴場ながらリラックスなんて皆無な湯浴びを終え、部屋へと戻る途中。 俺を呼び止めた木崎は少し気まずそうに人気のないホテルの自動販売機横にある椅子に座らせると、いきなりの告白をかましてくれた。 冗談だろ、と笑い飛ばせなかったのは、木崎の顔は真っ赤。いつもの余裕差も無く、指をもじもじと遊ばせる仕草に、こちらを伺うように俯いた先から見上げてくる眼が真っ直ぐに俺を見詰める。 彼の小指から伸びている赤い糸は、未だ俺の小指に。 もしかして、本当に木崎が俺の運命の相手だったり、する?だから、こんなに、 「あ、っと、…そ、の、」 「急だよな、ごめん…でも、少しでも俺に希望って言うか、興味があるなら、付き合って欲しい、な、って」 ドキドキしてしまうんだろうか。 目の前がチカチカするみたいな、顔が熱くて溶けそうになる。 頷いてみれば、その顔が泣き出しそうにくしゃりとしながらも、笑う顔にぐっと胸が締め付けられた。 と、言う訳でかなり顔面偏差値に差がある恋人が出来てしまった俺は、それなりに浮かれている。見た目では分からないかもしれないが、小指の赤い糸もそのままにたまににやっと笑ってしまいそうになる。 定番の修学旅行での告白なんて出来過ぎだと思っていたけれど、悪くは無いと今なら思う。 木崎は優しい。 付き合うと決めてから友達との付き合いをぐっと減らし、俺を優先してくれる。連絡だってマメにくれるし、だからと言って俺が返信を送れても文句を言われる事だってない。 デートをしようと誘ってくれた上に、観たいと言っていた映画を覚えてくれていたのは本当に感動した。俺の恋愛経験が少ないからそんな事で、なんて笑われるかもしれないけれど、本当に嬉しいのだ。 これは、あれだな。 (マジで、好きになりそう、だわ…) 俺って面食いだったのか?男もイケるタイプだった訳? 優しくされたからって、ホイホイしちゃうのかよ。 眉間の皺は苦悩の数。 一体俺の何を好きになってくれたかは分からないけれど、木崎曰く、 『好きだな、って思ったら好きなんでしょ』 と笑われた。 何となくはぐらかされた感もあるけれど、小指を見て思う。 運命の赤い糸ならば、そんな理由もありなんだろうな、と。 「鹿野ってさ、」 「え?」 木崎のクラスが終わるのを教室で待っている最中、見上げた先に面倒見の良い学級委員長がそこに居た。 一人ニヤニヤしていたのかもしれない。 誤魔化すように『何?』と愛想笑いにも似た笑みを作れば、 「鹿野って、手の甲?指とか見てる時あるよな。もしかして痛むとか?俺いい整形知ってるけど」 「あ、いや、別にそう言うんじゃないんだけど、」 「そう?必要だったら言ってよ、紹介するから」 どこまで人が良いんだ。 まさか赤い糸を見てました、なんて言える筈も無く、気恥ずかしさすら感じ、 ーーーーーん? 『鹿野って、手の甲?指とか見てる時あるよな』 他人から見たら、俺は手の甲を見ているように見える、って事? でも、言われてみれば、確かにそう、かもしれない。 あれ、でも、木崎は、 『…たまに見てるよな、小指。何かあんの?』 『また小指見てる』 何で、俺が小指を見ているって分かったんだ? スマホが震える。 液晶に表示される木崎の名前と終わったよ、と簡素なメッセージ。 そのスマホを持つ右手の赤い糸が、ゆらりと揺れた。
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