価値観

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だって、俺はお前が好きだから。 だから、痛みだって衝撃だって、全てを変えられる。 開始された突き上げに眦に溜まっていた涙がコメカミを這って行くのも、全部。 翔が好きだと言う感情に。 案の定、と言うか。 机にうつ伏せ状態の俺の前に不穏な空気。 「…お前馬鹿だろう」 「…こんな状況下の俺を前にして言う事それ?」 「足りないくらいだ。俺の有り難い御言葉聞くか?」 「ご拝聴させて頂きます…」 仁王立ちの峰元に顔だけ上げると、目の前の席に乱暴に腰を下ろすと峰元は自分の首の後ろを指差した。襟足の近く。 「跡、ついてる」 「え…!マジで?」 流石にヤバイと手で首元を押さえる俺に峰元からの深い溜め息。 「あのなぁ…お前等一体何なの?」 「何…って?」 「昨日見たろ、あの三年と馬原が一緒に帰ってるの。其の後によくそんなんデキるよなぁ?」 んな事言われても…。 だって俺は翔が好きな訳だし。好きな相手に求められたら、そうなるのって普通じゃね? 「なぁ…峰元」 「あ?何?」 「峰元だったら、好きな相手が違う人と一緒に居るってのは嫌か?」 何気ない質問だったけれど、峰元は『はぁ?』と気の抜けた声を出すと、 「当たり前だろうが。浮気なんてされた日にゃ俺憤死か、号泣するわ!」 「好きな人が違う人と居て楽しそうでも?」 「…何が言いたい訳?」 「…なんでもない」 眉を潜める峰元に俺は首を振った。 そっか。 やっぱりそうだよな。 「帰るかぁ」 俺は人と違うのかもしれない。 そうは思っても簡単に自分なんて変えられない。 今日はまた違う人と歩いてる翔を見た。 学校帰り、峰元が『げぇ…』と素っ頓狂な声を上げるのを横目に、其の相手を確認。 男だ。 どっか違う学校なんだろう。制服が違う。 でも、小柄で愛らしい顔立ちの男。翔の楽しそうな顔は周りを魅了している。 「翔って本当に面食いだな」 「…お前って言う事それなの?」 何か? 俺の不思議そうな顔にまた峰元の溜め息が空を舞った。 「晴樹、今日俺見たろ?」 「え?あぁ、見た見た。峰元と一緒に帰ってる時」 携帯で峰元にメールを返す俺を後から抱き締める形で座る翔はぐりぐりと肩に額を当ててくる。 可愛い。 こんな仕種が似合うのは翔だけだ。 「…晴樹さぁ」 「うん?」 あ、やべ…間違えて消去しちまった…。 「ちょ、翔…。待てよ、これ峰元に送るか…」 ゴソゴソと俺の胸を探る翔を制して、スマホを握りなおすけれど、それはガンっと音を立てて床に転がり落ちた。 床をスライディングしていくスマホ。 「…え」 手の甲がジンジンと痛む。 赤らんでいくそれに俺は恐る恐る振り向くと、翔の眼とぶつかった。 「…翔?」 「あのさ、俺の話聞いてくれね?」 真っ直ぐに俺を見る眼に思わず頷く。 翔が話すことなら何でも聞くし。 「何?」 「あのさ…今日の相手…何て言うか、すげー可愛いんだ。健気っつーか、甘え上手って言うか。だからしばらくアイツと行動したい」 それはつまり。 「俺と別れるって事?」 「…違う」 何だ。少しホッとした。 安堵に洩れる息を吐き、俺は可哀想に転がったスマホを拾い上げた。 「いいよ。翔の好きにしたらいい」 「…マジで?」 何でそんな愕いた眼で見るんだよ。自分から言い出したのに。 「マジ」 安心させるように翔にニコっと笑顔を見せる。 本当にコイツは子供っぽいって言うか、何と言うか。 けれど、俺の身体に回されていた腕はするりと力を無くし、翔の顔が複雑そうに歪み始めた。信じられないモノを見た、そんな顔。 「…翔?」 「お前ってさ…何?」 は? 峰元といい、コイツといい…。何、と問われてこの場合なんと言ったらいいんだ?何とは何を指してんだ? 「悪い、翔。何の事言ってるか意味が分からないんだけど」 「分からないのはこっちだって。…お前って何でそんな俺の言う事聞ける訳?何で俺が誰と居ても平気な訳?」 「………」 い、…今更だろ、それ。 何を突然言い出すんだ、コイツは。 「…つか、俺別に昔からだろ、それ。何で今になって…」 「前から思ってたよ、俺。何で晴樹は俺を見ないんだろうって」 ―――見ない? そんな筈無い。 だって、俺はすごい翔が好きだ。常に翔を見てたし、姿を見れたら嬉しいし。 だから、翔が楽しそうな姿を見ていて、俺だって幸せだった。 それが、俺とは違う相手でも。 「俺、翔が好きだって」 「じゃ、何で俺が別の奴と居ても大丈夫な顔してんだよ。いや、顔じゃない…心から何とも思ってないはずだ」
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