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こんなに俺に自分の気持ちを吐露する翔は初めてかもしれない。
こんなに悲しそうな顔させてるの、俺?
「違うって。俺はお前が嬉しいならそれでいいんだって」
そう、嬉しいなら、その笑ってくれる姿が大好きだから。
真正面から向かい合って、翔の顔を見て、そうきちんと本音を言う。けれど、強張った翔の顔は益々険しく、悲しそうになっていく。
「翔、俺お前が本当に好きだ。だから、翔が嬉しいなら何でも叶えたい、それだけだって」
「何だよ…それ…じゃ、お前俺がお前と別れたいって言ったら…簡単に別れるのか?」
口元を上げて、自嘲気味に笑う翔。こんな時ですら、様になって俺の心臓は煩い程心拍数を上げていく。
格好いいな、ちくしょう。
「別れる。それがお前の望みなら」
きっぱりとそう告げると、翔は目を見開いた。
綺麗な真っ黒な目。俺だけを映している眼。
「お前…俺が好きだから…俺の言う事何でもきくんだ…」
はは…
部屋に小さな笑い声が響く。
「まさか…此処まで言ってもお前って…」
何?何が可笑しいわけ?何で翔は俺の気持ちを笑うんだよ。
やっぱり…俺が人と違うからだろうか。
でも、これが俺の―――
「じゃあさ…晴樹ぃ」
翔の腕が俺の首に周り、ぎゅっと暖かい体温に包まれる。
気持ちが良い。
好きな相手、だから。
「お前、俺が峰元と寝て来い、って言ったら出来る?」
「…え」
パチっと開いた俺の視界に綺麗に笑う翔が居る。
茶色の手触りの良い髪が揺れるのを何処か他人事みたいに見ていたけど、さっき言われた言葉を反芻させて、ようやっと理解した。
「みね…もと、と?」
「そう。友達だけど、アイツと寝て来いよ、お前」
俺の願いはきけるんだろ?
ゆっくりと俺の頬を包む手はさっきと違って酷く冷たい。
そっとその手に俺の手も合わせた。
仕方ねぇーなぁ…翔は本当に子供っぽい。
苦笑いが洩れる。
「出来ないだ…」
「翔、それってどっち?」
「は…?」
「俺が峰元抱くの?それとも抱かれるの?」
笑って見せると翔の掌は俺の頬を伝って、ダラリと床へと落ちた。
答えてくれよ、翔。
なぁ、
「今から行けばいい?」
最後の問にも翔は答えない。
*****
寒い。
もうすぐ冬になりつつある夜っつーのを舐めてた、俺。
適当に羽織ったフリースのジャケットに首を竦めて、ポケットの中のスマホを取り出した。
ピッと妙に響くボタンの音は闇の中、存在を誇示しているみたいだ。
翔…部屋ん中置いてきたけど、アイツ大丈夫かな。
ふぅっと洩れる息が白く姿を見せ、そして闇に溶ける。
翔が好きだ。これは本当。
アイツの願いはきき入れたい。アイツが幸せならそれでいいんだ。
他の人と一緒に居れて、楽しいならそれでいい。
俺と別れて、好きな人が出来たら、それでいい。
その人と幸せになれると言うのなら、両手を上げて万歳で送ってやれる。
俺がして上げれる事はしてあげたい、ってコレは普通だろ。
通話音が鳴り、しばらくして聞きなれた声。
『もしもし…つか、何、こんな時間にどうした?』
「あ、峰元?俺、藤高」
どうなるかは、知らないけれど。
お前が嬉しいならそれでいいんだって。
価値観の違いってヤツなんだろうか?
相手が嬉しいなら、それでいいって。自分をないがしろにしてるわけじゃない。だって俺も好きな相手が嬉しければ嬉しいから。
誰からも理解される事は無いだろうとは思うけど…。
『んだよ…お前…。何、なぁに、もしかして、寂しくなったとかぁー?』
峰元なんかには絶対理解されないよな、
「今から行っていい?ちょっと頼みがあるんだけど」
こんな俺の価値観。
完
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