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日常
__カランカラン
柔らかい灯りに照らされた室内に、軽く涼やかなドアベルの音色が響いた。
一歩足を踏み入れた瞬間に聞こえるのは、人々の陽気な笑い声と杯を酌み交わす喧騒、そして、CD音源のジャズである。
その一番奥、カウンターの壁側に、待たせている人が座っていた。声をかける前に俺の視線に気付いたのか、片手を上げて微笑まれた。
「よう、遅かったな。残業か?」
「まあ、そんなとこ。悪いな」
「いや、いいよ。それより飲もう。ビールでいいだろ?」
スーツの上着を脱ぎつつ席に着く。カウンターテーブルの上にはすでに、二人分のグラスとビール瓶、適当なツマミが数皿乗っていた。
瓶の表面に水滴一つ付いていないところを見ると、つい今しがた出されたものなのだろう。なんともタイミングが良いことだ。
「随分、用意が良いな」
「ふっ、まあいつもの事だろ?」
「まあ、そうだな」
互いにクスクスと笑いあって、いつの間にか苦い炭酸で満たされていたグラスを交わす。よく冷えたそれを一口、喉に流し込めば、抜ける炭酸の爽快さと仄かな苦味に仕事の疲れが吹き飛ぶようだった。
軽快な音楽と気の置けない友人によって、ゆったりとした心地好さが空気に溶け出し、心と身体をほぐす。
「で、最近どう? やっぱり仕事忙しいのか?」
「うーん、まあまあかな。今日はたまたま残業になった。お前こそどうなんだよ」
目の前でグラスを煽る男は、高校からの10年来の友人だ。今でもこうして連絡を取り合って、酒を交わしている。
どこか気の合う奴で、待ち合わせをしなくても、ふらっと立ち寄った酒場にいて、そのまま一緒に飲むなんてこともある。
「__でさ、あの時はもう本当に____」
こいつと時間を共にするのは、気取らなくていいし、落ち着いて居心地が良い。話が上手くて聞くのが楽しいのもあるが、無言の時間も全く苦にならないのが一番の理由だ。
「へぇ。お前、本当に面白いよな」
相槌を打ちながら話を聞く。どこからそんなに話題を持ってくるのか、話は尽きない。
仕事のことからプライベートまで、近況報告のように何でも話してくれる。
そういう俺も酒が回ってくると、促されるまま何でも話してしまうのだが。
俺はそんな友人に唯一、絶対に話せない秘密を持っている。
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