君がくれたもの

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かつて人魚と人間は海と陸で仲良く暮らしていたらしい。 それがいつの日か、互いの血肉には不老不死の力があるなどという噂が広まった。それでも表面上は友好的に暮らしていたのだが、ついに一人の人魚が殺されてしまう。 そこから始まったのは戦争だ。 海と陸。息をする場所の違う二つの種が争い合う最中、人魚の女王の子供が流れ弾に巻き込まれて死んでしまう。 怒り狂った女王は人魚全員で大津波を起こし、陸地のほぼ全てを流してしまう。 津波が引いた後も、海に呑まれた陸地は元の形に戻らず、人の暮らせる場所はほとんどなくなってしまった。 それからというもの女王の怒りを継いだ人魚達は僅かに残った人間を見かければ殺すようになり、人間達も殺されまいと人魚を見かければ殺すようになったのだ。 「人間ってまだ生きてたんだ」 「僕も人魚初めて見たなあ」 少年は、水面からひょっこりと顔を出した岩の上に座っていた。その方が距離が近くなるのでお互い小さな声で話せる。 「人魚が出るから海に近づいちゃ駄目って聞いてたけど、今まで見た事無かったんだもん」 「うーん……本当なら、大人に言って君を殺さなくちゃいけないんだろうけど……」 互いに口を噤んだ。岩に当たる波の音だけになる。 もう陽は海の向こうに沈んで見えなくなっていた。水面は自分の影も映らないくらい暗くなっている。水中では何てことない暗闇なのに、空中だとこうも見えづらいのか。 「……ねえ君、暗闇でも辺りが見える?空中ってやけに暗いね」 少年は目をぱちくりとさせた。君の顔くらいなら見えるけど、と付け足す。 「暗いと見えないの?」 「うん。……え、見えるの?」 「見えるよ。昼間よりは暗いけど。……変なの」 そう言って彼はくすくすと笑う。思わずむっとしてしまうと、一度水中に潜った。少ししてまた水面に顔を出し、彼に手招きをした。 「手」 「?」 「手、出して」 恐る恐る出された掌に、岩の底の方に張り付いていた貝殻を置いた。 「ほら。水中なら綺麗に見えるよ」 言い返したかっただけなのだが、少年は想定していたのと違う反応を見せた。 「……綺麗……!」 「え?」 少年は両手で貝殻を持ち、大きくて美しい真珠でも見たように、自分が頷いた時と同じ輝いた目をしていた。 「貝殻!すごく綺麗。初めて見た。凄いなあ」 少年の声に、慌てて人差し指を口元に当てる。はっとした少年は手で口を塞ぐと、二人で辺りを見渡した。また、波の音だけが聞こえる。 「……そんなに?こんなのいくらでもあるよ」 「僕達、本当は海に近づかないから。本でしか見た事無い。綺麗だなあ」 「本?」 つい岩の上へ身を乗り出した。空中で口をぱくぱくとさせてから気が付き、もう一度口を水中に付ける。 「……僕も、本を見てみたい」 「え?」 「本。人間が何かを残す時に使う紙でしょ?」 「うん、そう……ああ、そっか、水の中では読めないね」 「そうらしいよ」 「そうだよ」 また少年が笑ったが、今度は嫌な気はしなかった。自分もくすりと笑う。 「……持ってこようか?」 聞き間違いかと思い、返事はしなかった。それでも疑うように、渇望するように少年を見つめてしまう。 「貝殻のお礼。今日は無理だけど……また今度、とかに」 少年の瞳は、自分と不安を映して揺れていた。 また今度。 そんな約束を、してもいいのだろうか。 また心臓がばくばくと鳴り始めた。彼にまで聞こえているのではと思うほどだ。何か強い感情が、胸の奥から頭を熱くする。 手を強く握り、ゆっくりと開く。そしてその手を彼へと差し出した。 「……うん。次は、別の貝殻を取って来るよ」
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