君がくれたもの

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それから、彼とは数日に一度、誰もいない夜にこっそりと話をし、互いが持ってきた物を渡し合った。 四角い海藻を束にしたような物が本だという。細く柔らかい木の枝を束ねた箒という物や寒い時に手に付ける手袋という物、木の蜜を煮詰めた飲み物も持って来てくれた。 名前だけ知っている物や名前も知らない物があり、それは彼も同じだった。 陸でいう本は海では大きな貝殻が役目を果たしている。細く尖った貝で文字を掘るのだ。深い所にしか生えない甘い海藻や、波で綺麗に丸くなった石で出来たブレスレット。魚の骨を組み立てたベットは言葉だけ持ってきた。 一番喜ばれたのは真珠だった。 夜でもきらきらと光るそれをとても綺麗だと。 「こんな物持って来ていいの?」 「いいよ。このくらいのならいくらでも取れる」 海の底には小さい真珠がそこら中に転がっている。尾びれより大きく月のように輝く真珠は一つしかなく、とても綺麗だと思うが。 「あれは皆の物なんだって。大きなお祝いの時とかに、必ず飾るんだ」 「皆の物なら、君の物でもあるんだね」 「違うよ。皆の物だから、僕の物じゃなくて、誰の物でもない」 「ふうん」 お互い持ってきた物はバレないようこっそり隠すようにした。 彼はこの岩場の隙間に、僕は他の人魚が寄り付かない冷たい海の秘密基地に。 ほとんど壁や傾斜で出来たこの海辺は全く人が来ない。 誰もここに来る道が無いと思っているからだ。そんな中、彼は抜け道を見つけ、こっそり見に来るようになったらしい。 彼と話す時間は退屈せず、いつのまにか先に岩場で待つほど夜が楽しみになっていた。 「しばらく、会えないかもしれない」 彼がそう言ったのは、昨日の夜だった。 「この島の反対側で、人魚を見かけたって。皆、躍起になって探してる。ここも見つかるかもしれない」 「……そっか」 「……」 彼の瞳はまた不安そうだった。海に浮かぶ自分を見つめる。 「大丈夫だよ。海の奥で暮らしていれば、見つからない。それで、いつかまた会えるようになったら……そうだね、君の岩場に、何か新しい物を入れておいてよ」 そう言って、海から身を乗り出すと、もう一度ぱくぱくと伝えた。”大丈夫”と。そして笑いかける。 彼は一度顔を落としたが、すぐに顔を上げ、笑い返してくれた。 抜け道まで行き振り返ると、 「また今度」 そう言って手を振った。 この言葉が、彼が僕に言ってくれた最後の言葉だった。
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