好敵手ー2

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好敵手ー2

「シン?」 「ロイン先輩、あんたに教えてもらうなんて俺ってツイてる。あれもこれも色んな事を教えてもらいたいな。恋愛のこととかも」  背後からシンがロインを抱きしめた。――途端。 「うごっ」と言う声とごぼっという音が同時にしてロインの背後にいたシンが腹を抱えて蹲うずくまった。 「仕事に関係する事以外、教えるつもりは無い。シン、僕はおまえの何だ?」  蹲るシンの顎をぐいっと掴むとロインは厳しく問う。 「…せ、先輩です」 「その通り」そう返事した後に、ロインの拳がシンの左の頬にとぶ。 「そういう目で見る事を止めないと怪我が増え続けると思えよ。僕はおまえの思ってるような人種じゃないからな」  床にのびたように転がるシンをそのままにロインは部屋を出た。 「ロイン、何か中で音しなかったか?」 「おまえも……」ため息をつきながら、部屋の外で待っていたガーネットをロインは睨みつけた。 「僕は自分の身ぐらい、自分で守れる。いいから部屋に戻れガーネット」 「あ、うん」 「昼食後にヘッドの部屋に行くのを忘れるなよ、ガーネット」 「分ってるって」  矢継ぎ早に指示をするロインに中で何があったのかを結局ガーネットは聞けなかった。 「揃ったようだな」  部屋に入って来たロインたち三人にヘッドは書類を手渡す。 「これは?」 「バニソン州で、何人も不可解な死に方をしている魔導師がいるようだ。おまえたち行って調べてきて欲しい」 「不可解な?」 「詳しくはそれに書いてある。行け」 「いきなり、シンを連れて行くんですか、ヘッド」  不快さ全開のガーネットに「今回の件はうってつけだ」謎の言葉で返してヘッドは顎を擦りながら「解散、明後日には向かえよ」と話を打ち切った。  ヘッドの部屋から出ると、そのままロインの部屋で作戦会議だと思っていたが、当の本人は「ちょっと行くところがある」と一人出かけていく。  円を描くように階段を上がって行くと、ある階で止まった。天井まで届く大きな扉を押し開けると中には見知った顔がまっすぐロインを見た。 「おや、ロイン。もう会わないんじゃ無かった?」  大きな石造りの部屋の奥には、深い飴色のオークで造られた机があって、それを囲むように他の机が並ぶ。そこで働くのは中級以上の魔導師達だ。そこの主は入って来たロインに向かって笑顔を向けると立ち上がった。 「ルーク様、またお仕事をさぼろうとなさってませんか?」  側にいた、一等書記官の魔導師がすかさず声を上げる。 「いや、でも枢密使が訪ねてくるなんてさぁ。火急の用事だと思うんだよね。おまえたち、なんか後ろ暗いことなんかしてないだろうね?」  ルークの言葉に、思わずその場にいた魔導師たちの顔がこわばる。魔導師の不正を取り締まる役目である枢密使などに関わりあうのはまっぴらだと、どの顔にも描いてあった。 「あなたのご意見を伺いたいことがあって」 「いいよ、おいで」  ルークは、ロインを手招くと部屋を出て行く。その後を付いて行くと廊下の突き当たりの部屋に招き入れられる。 「ここは?」 「ああ、わたしの私室だけど」  あっけないほどの狭い部屋と簡素な内装に驚くと、ルークは笑いながら椅子を指差した。 「もともとの出が卑しいからか、寝るときはこんな風な部屋でないと落ち着かないんだよ」  そう言いながら、「で?」と首を傾げた。ロインは、ルークの至近距離にいるのをふいに意識してそわそわと落ち着かない気分になる。 「あ、あのルーク様は、中毒の事とかにお詳しいですよね。それで今度の仕事で気になることがあって……」  僕は何をしているんだろう。中級魔導師の一枢密使が、自分の事件のことで最高位の三人の魔導師の一人を呼び出すなんて。思えば思うほど、ロインは自分がバカに思える。以前に少し縁があっただけで何を驕っていたのだろう。身分をわきまえずに一体……。 「痛いっ」  ルークがおでこを指で弾いてきてロインは思わず声を上げる。 「忙しい身で来てやったんだから、さっさと用事を言え。それとも会いたかっただけとか言うつもり?」 「違いますっ」 「え? 違うの? 残念」  いつものようにからかうように言うルークの灰色の目が言葉ほどふざけていないのにロインは気づいてしまう。  どきどきと心臓が音を立てて聞えるのでは? とまで思う。とっくにルークの事を断ち切ったはずが、まだ未練があるのをさらけ出されたようでロインはひどく動揺した。 「忙しい中、時間を割いていただいたのに申し訳ありません。やっぱりいいです」  立ち上がったロインの腕が引っ張られて引き寄せられた。 「やっぱりいいですは、ないだろう? 手に持ってる物を見せろよ、ロイン」  背を向けていたのを引っ張られたせいで、ロインはルークの膝に座る格好になる。ルークはロインを膝にのせたまま、書類を持ったロインの手を上から包むように持つ。広げられた書類を読もうとすると自然にロインの肩に顎を乗せる形になり、ロインは息苦しくなっていく。  
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