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好敵手ー1
「ああん……」
ちょっと掠れ気味の声が耳に心地よい。茶色が勝つ色合いの金髪の髪に差し入れていた手をずらして首筋を揉むように触る。もう一方の手は髪よりも薄い下生えを通り過ぎて彼の中心を焦らすようにやんわりと握った。
「ガーネット、意地悪しないでっ。早く触って」
その声にこっそり笑うと鈴口を指の腹でこするように触ってやる。
「……っ、ああ、もうお願いっ」
ガーネットの手に堪らず擦り付けて腰をふるさまに、ガーネットのなけなしの理性ははるか彼方へ飛んでいく。
「ロイン、ロイン、ロイン……一緒にいこう」
二人は相次いで猛る熱いものを……。
ガーネットが起きると自分の下着が粘度のあるもので濡れている。
「最低だ、オレ。ガキみたいだ、チクショウ。夢落ちかよっ、なんだってあんな夢を」
自分の手管に乱れるロインなんて実際には在り得ない事ぐらい自分にも分かっているつもりだ。その逆ならまあ、既にあったんだけど。
「夢だからしかたないし」そう肯定してみても、夢精はまた別の話で恥ずかしすぎる。急いで後始末しようと起き上がったガーネットは、勢い良く開いた戸に慌てて布団に戻った。
「まだ、寝てたのか? ガーネット。ヘッドが呼んでる…って、どうした?」
「どうしたもこうしたも……ノックぐらいしろ」
なんでいきなり入ってくるんだよとさっきまで夢の中で熱く愛し合っていた当の本人をうらめしそうに見上げながら、ガーネットはシーツを首元まで引き上げた。
一方、入ってきたロインは、ふふんと鼻を鳴らす。
「ガーネット、朝っぱらからお盛んだな。この匂い。仕方ない、綿布濡らしてきてやるよ、待ってろ」
「すみませんね」
やけくそ気味で誰もいない部屋でガーネットは呟く。戻って来たロインにはいと絞った綿布を渡されて、拭こうとする手が止まる。
「出て行ってくれよ。これ以上オレの矜持をへし折るのはやめてくれ」
「前に手伝ってやってもいいって言ったけど?」
「バカやろうっ。オレと今までの他の男と一緒にするなっ。オレをイかせたら、おまえにだって触りたい。関係が対等でない行為なんかもうしたくない」
ロインは幼い時からその美貌ゆえに大人たちに悪戯されていた過去を持つ。手や口で大人たちを満足させていたらしい。
だが、オレは欲望だけでロインと繋がりたいわけじゃない。そんな奴らと一緒にされるなんて嫌だ。
ガーネットの言葉にロインは目を大きく見開いた。
「わかったよ、ガーネット。悪かった。でも局部丸出しで胡坐をかいてるおまえは見事にマヌケだ。とっとと拭け。じゃあ、先に行く」
ロインの背中にまったく誰のせいだと思ってるんだとガーネットは心で泣いた。
「揃ったようだな」
黒い革張りの椅子に足を組んで座っている枢密使の長ヘッドの前に呼び出された十数人の枢密使が並んで立っている。急な呼び出しに皆とまどっていた。
後足りない顔ぶれは、今仕事で出かけているものなのだろう。枢密使は相当な大事件でも無い限り、全員が揃うなどという事はまず無い。
「何か、大きな案件ですか」
一人が意を決してヘッドに聞く。
「いや」
あっさりヘッドはそう答えて、扉に向かって「入れ」と呼びかける。それに応えて「失礼します」という声とともに濃い鳶色の髪を長く伸ばした青年が部屋に入って来た。
歳の頃は十代後半か、二十台初めくらいか。魔導師のくせにジャラジャラと銀のアクセサリーをつけて、長い髪は後ろの真ん中ぐらいから三つ編みにしていた。ひょろっとした長身を猫背気味にしながらのっそりと歩いてヘッドが指差した場所に立つ。
「新しい仲間だ。薬学のエキスパートでもある。名前はシンだ、能力的には君たちと同じくらいだと言っておく。だが、枢密使の仕事は分っていないようだからマンツーマンで教えてもらいたい」
そう言ってヘッドはロインに目を移す。
「おまえも先生になる時期がきたようだな。ガーネットとのコンビは残したまま、シンの先生役だ、ロイン。仕事には三人で行ってくれ」
「承知しました。シンがすぐに枢密使として働けるように指導します」
「ふむ、おまえの事だから安心しているが……なんだ、ガーネットなんか不満か?」
「いえ、別に」
ならいいとヘッドはシンを皆の前に呼ぶ。
「とりあえず、自己紹介だシン」
シンと呼ばれた青年は顎をわずかに上げて伏し目勝ちの目で一渡り、周りを見回す。長い睫が影になって顔に化粧を施しているように見えた。
「ヘッドも仰った通り、能力的には皆さんと同じかそれ以上だとは思いますが、枢密使としてはまだ白紙ですのでロイン先輩、しっかり教えてくださいね」
ロイン限定かよと誰もが思ったのか、互いに枢密使が顔を見合す。驚くロインの手を取ってにやりと笑うシンにまわりも唖然と黙っている。
「では、解散。あとでロイン、ガーネット、シンの三人には話があるから昼食後にこの部屋に来い」
「承知しました」
ヘッドの部屋を出た途端にみんなの怒号が飛び交う。
「何なんだよ、アイツは」
「ロインの手を取ってたぞ? いいのか、ガーネット」
「いや、いい訳ないけどさ」
「ジャラジャラ飾りなんかつけまくりやがって、あいつは女か」
「態度悪かったよなぁ」
本当は自分が一番、大騒ぎしたかったガーネットだが、周りがあまりにもヒートアップしているのを見てしまうと今更怒鳴るに怒鳴れない。
新人の教育係にその前に入った者が当たるのは慣例で自分もロインの先生だった。まあ一緒に組んだ時点でロインは文句なしに働いたために、先生らしい事は何も出来なかった。でもさっきのシンの態度が気になって仕方ない。
というか、まったく奴の全部が気に入らない。まあ、仕事は自分も一緒という事らしいからしっかり見張る覚悟ではある。
ロインの部屋に飛び込むように入ると、彼は机に向かってこれからの指導手順を書き込んでいた。
「なに? 血相変えて。なにかあったのか」
「い、いや何も無いけどさ。あのシンって奴いけ好かないよな」
「そうかな」
ええ? と思いながらガーネットが口を尖らすとロインは笑いながら顔だけガーネットに向ける。
「あれくらい生意気なほうが、いざって時にびびらないで動けるんじゃないかな。薬学についてはマスタークラスらしいし。ガーネットだって僕がここに配属になった時に生意気だと大騒ぎしてた口じゃないか」
「そりゃまあ」
そうなんだけどとガーネットは口を閉じるが、しかしアイツの、シンの野郎がロインを見る目つきがなんか嫌な感じだった。そこが気になるんだと思う。
「生意気な態度も改めるように言うつもりだし。なんか見ていて気になったら遠慮なく言ってやってくれ。初めが肝心だからな」
その辺は任してくれと大きく頷くガーネットに笑いながら、「おまえは書類溜め込んでないのか?」と一番触れて欲しくない事をロインは聞いてきた。
報告書類がそういや自分の机に山積みになっている。
「ここに持ってくるからさあ……」
「ロイン先輩」
ガーネットの言葉をぶった切るようにしていきなりシンが部屋に入って来た。
「人の部屋にノックもしないで入るなんて、遠慮無しかよ」
「あれ? さっきガーネットもいきなり入ってきたじゃないか」
笑いながらロインは、ガーネットに笑顔を向けながら言ったあと、がらりと表情を変えて「今度やったら、許さないからな」とシンを見た。
「すみません」あっさり謝るとロインの指導要領と相対する書類を手にしながら、ここをとロインの机に書類を広げる。
背中から包み込むみたいに、なぜかロインの肩側から自分の両手を垂らして書類に手をついている。
どー見ても不自然な格好だ。これじゃ教えを請う生徒じゃなくて、恋人どうしみたいじゃないかとガーネットは憤然とする。
やっぱりコイツは嫌いだ。
「そんなにくっつかないでくれ。ここは、前にいた部署の正式名称とおまえの職歴を書けばいいだけだ。あ、署名はレーン文字を使えよ」
「え? ここですか」
「いや、ここだ」
絶対分ってやってると思うガーネットの怒りが沸点に達する。
「やめろっ。そんな事ならオレが教えてやる。懇切丁寧に教えてやるからロインから離れろっ」
「教えてもらうならロイン先輩がいいです。というか、ガーネットが何でここにいるんですか?」
「いちゃ悪いのかよ」
名前を早々に覚えたのがガーネットはまた腹が立つ。こいつっと側によろうとしたら、「ガーネット、部屋に帰って書類仕上げろよ」とロインに言われる。
「ロイン」
椅子から立ち上がったロインが背中を押すようにガーネットを戸口まで送って行く。
「あのさ、ここでしょうもない事で喧嘩なんてやめとけ。シンにはよく言っておくから」
「ロイン、戸を開けとけ」
何で? と首を傾げるロインに「どーしても」と娘の部屋に男が来たような気分のガーネットがいかめしく言った側から、シンがバタンと戸を閉めた。
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