5人が本棚に入れています
本棚に追加
第五話
六月の終わりも近くなる頃、日本の天気は梅雨入りとなった。家では衣替えも終え、外も段々暑くなってきている。去年よりも気温が上がり、30℃越えが続く日々に団扇、扇風機、クーラーはまさに、夏の三種の神器である。
あの夢からも二週間程たち、何の情報も得られず、解明への一歩すら踏めていない。
潔く諦めた方がいいのか
そんなことを思う時間が日に日に増えていくばかりである。
今日もまた雨である。これも四日連続だ。別に僕にとっては何一つ不便はないが、一つだけ言うとすれば気分が落ち込んで仕方ない。テスト期間も近くなり勉強ばっかの日々で少しは外の空気を吸おうとするが雨のせいで中々それをすることも出来ない。
それでも、定期的にあのシャッター街に行くようにしている。
今日はその日であった。いつもの用意をカバンに入れカッパを着て家を出る。親からは勉強するために家から出るなと言われているが今のうちは仕事で家にはいないので、秘密で家からでる。
梅雨入りが続き地面がグチャクチャになっている可能性も考え、小説を二冊ほどレジ袋に包み持っていくことにした。
雨に濡れないところに自転車を置きあの路地裏へと向かう。
やはり、そこには例の彼女がいた。小説を読んでいた彼女は、僕がここに来たのを気づくなり、嫌そうな顔を僕に向けてきた。僕も嫌そうな顔を仕返し僕はお構いなしに雨に濡れないところに荷物を置く。土は雨のせいで想像していたよりもグチャクチャになっていた。
流石にこの状態では無理かと思い小説を読むことにした。
今回読むのは僕が一番好きな「未来」という本。この本を読むのはもう四回目だ。主人公である少女が未来から来た少年と出会い恋に落ちる話である。しかし、少年はその恋心に気づかない、結局は少年にその気持ちを伝えることが出来ず終わってしまうといえなんとも悲しい話だった。人によって意見が分かれ批判も多い小説だった。しかし、僕にとっては中々良かった作品の一つである。
しかし、この小説には僕でも腑に落ちない部分があった。最後のページが白紙のままで終わってしまっている。印刷会社のミスというわけではなさそうで、何故このような終わり方なのかそれだけが不思議で仕方がなかった。
「ねぇ?あなたも小説を読むの?」気付けば僕の近くにいた彼女が急に話しかけてきた。
「へぇ?」考え事をしてるときに話しかけられたので、思考が一瞬停止してしまい不甲斐ない声が出てしまった。
「だ~か~ら~、あなたも小説読むのってきいてんのよ!」
「あ、あぁ、僕も小説読むよ。僕にとって小説は宝であり、一つの世界でもあるからね」
「へぇ~何か意外だわ、あんたが小説読むなんて」と、彼女は僕の目をじっと見つめて言ってくる。
「それより、君が持ってるその本って守谷先生の?」
「え?あまり知られてない本なのによく知ってるわね」
「そりゃ、その本読んだことあるからね。大分昔だけど」
そう言うと、彼女は頭に「?」が浮かんでいる顔で自分の本を見る。でも、すぐにその顔はいつもの笑顔に変わった。
すると、彼女は僕のとなりに座り色んな話をしてくれた。彼女の名前は「赤峰 玲香」。社交性があるように見える彼女は学校では一人ぼっちらしい。昔から体が弱く病院に入院しては退院の繰り返しだったそうだ。そんな日々を過ごしていたら、友達が作れず一時期は不登校になったらしい。そんなときに出会ったのが小説だった。小説はその本のなかに世界があり、誰でも主人公やヒロインになれる、そんな所が好きだと教えてくれた。
「私ね、小説家になりたいの」
「え?小説家?」
「うん。私もこの小説に救われたように、私も小説を書いてそれが書店に並んで、その本を読んでくれた人が何かしらの希望を与えれるような小説を書きたいの。バカだよね?こんな私がこんな夢を持つなんて、叶うはず無いのに…」
彼女は笑顔でこっちを見るが、その瞳には涙が浮かんでいた。
「別に良いんじゃないの?叶う叶わない、そんなこと関係なく夢を持てることって」
「え?」
意外な返答だったのか、彼女は驚いた顔に変わった。
「人って何かしらの目標がないと生きていけない。何の目標も無ければ先に進むことはでないし、成長することもできない。人ってなにかに憧れるからこそ成長する生き物だと思うよ」
そう言うと、彼女の顔は喜びと悲しみと驚きが混じったような顔をして僕をじっと見てくる。その後、彼女は下を向き涙を流した。僕はその事に触れずにただ黙っていた。
家に帰宅すると母が荷物の整理をしていた。母の荷物には服や使っていない化粧品などがあった。しかし、その中に一つ、十冊くらいのノートが重ねておいてあった。
「ねぇ?そのノートって何?」
「あぁ、これ?これはね、昔の親友との思いでを書いたノートなの」
少し笑った顔で母は言う。
「親友って、亡くなった人?その人ってどんな人だったの?」
「そうね、とてもバカたったわ。何事にも熱心で忠実で。それでも、『私の夢は小説家なんだ!!』って毎日口癖のように言ってたの。結局は小説家になって本も発売したのだけど、彼女が亡くなった後だったから未完成な状態でだったけどね」
母はそれだけ言うと荷物の整理を再開し始めた。僕はそれだけを聞いて自分の部屋に戻る。
何故か母の話聞いたとき、少し悪寒がした。何かは分からない。それでも、この先の自分に関係してるような話に思えた。
最初のコメントを投稿しよう!