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最終話
あの日から約二週間が経った。
あれ以来僕は路地裏に行っていない。
彼女は僕を待っていただろう。
雨の降る日を待ちわび、雨が降った日には喜んで行ったことだろう。
しかし、僕はそこには来なかった。
彼女はどう感じただろうか。悲しんだろうか、恨んだろうか。それとも───
確かに、自分の心は行かないといけないこと位分かっている。しかし不安、恐怖、などの負の感情が頭の中を占領している状態になっていた。
心と頭が一致していない状態では情緒が不安定になってしまい、どうすることも出来ない。
昔は楽しみに見ていた天気予報さえ、今では怯えながら見ている。今週は雨の日は無いかと、毎日目を凝らしながらじっくりと。
雨の日は怯えながら学校に行き、学校が終わっては急いで帰り自分の部屋に閉じ籠っていた。
これには、母はさぞ心配したことだ。
「何かあったの?」
「学校でいじめられているの?」
「心配ごとでもあるの?」
必要以上に母は僕にしつこく聞いてきた。僕はそれが鬱陶しく「黙ってくれ!」と強く言ってしまった。今思えば過去のこともあり、あれだけ心配することも無理はない。
僕は最低なことをしてしまったことに気がついた。だから、母に「ごめんなさい」ということに決めた。
しかし、その言葉は固く閉められた宝箱のように、僕の口から、たった六文字を言うことが出来なかった。
落ち込み、失敗もして、死にたくもなった。
でも、その勇気が出ず布団にくるまり寝ることにした。
*
翌朝
今日から三連休。でも、全て雨。昔の僕なら大喜びしていただろう。でも、今はそうじゃない。母はこの三連休は仕事の出張があり不在となった。
朝起きては台所に用意されていた朝食を半分程食べ 、自分の部屋に戻り寝ることにした。とは、言っても無限に寝れる事なんて出来ないから暗い部屋の中で小説を読むことにした。そんな日を過ごし気付けば連休最終日になっていた。
今日も冷蔵庫から適当な食べ物を取り朝食をすませる。食べ終わった後、あることに気付く。
洗濯物や食器を洗っておらず、当分の間、窓を開けていなかったせいな家の中には居心地の悪い空気が溜まっていた。
これはダメだ、と思いベランダや自分の部屋のカーテンと窓を開け、部屋の電気をつけた。少しじめっとした新鮮な空気が入ってくる。外は雨で暗く、今の自分の心のようだった。
自分のへやから外の景色を眺めていると、「ゴトンッ!」と大きい音が鳴った。音が鳴った方を振り向くとそこには一冊の小説が落ちていた。本を手に取り、本棚に直そうとした時何か違和感を感じた。それは、この本なのか本棚なのか、部屋全体なのか分からない。
しかし、その違和感は本を直した瞬間に気づいた。本棚に一冊分の空きが一番上の左側に出来ていたのだ。
学校で無くしたのか、頭の中ではじめに思いついた。でも、持っていってる本はもう一つの棚の方だからその可能性はない。
その刹那、頭に嫌な考えが思い付く。作者名に並べている本棚、一番上の左側、この条件で無くさず、盗まれずとなると思い付く本はただ一つ。僕はそんなことを思い目線を上にあげる。その目線も反射的に下に降ろしてしまった。嫌な予感が的中してしまった。
あの本、「未来」が消えたのだ。
ここから、考えられることはただ一つ。
僕が原因だ。
あの本は僕の意思によってほとんどが変わる。前よりも更に最悪な状態にしてしまった。
「何をしているんだ僕は」本棚の近くでうずくまり嗚咽を出しながら泣く。
消えてなくなって、現実から逃げたい。そう思ってしまった。
しかし、その感覚にある思い出がフラッシュバックした。
あれは確か中学の頃...
いじめられ死にたいと思った日が続く。父が僕の部屋に来て言う。
『自分の道を突き進め』その言葉が今言われたかの様に僕の耳に届く。
──そうだ、まだここで終わってはいけない体が自然に動く。
慌てて机の上にあるスマホで天気予報を確認。
──16時に雨が止む予報。スマホの時計は15時を表示していた。タイムリミットは後1時間。
僕は慌てて普段着に着替える。
そして、かっぱも着ず家を出て、彼女が待つあの路地裏に走って向かう。
何で走りにしたのか、何でかっぱも着ず、何でちょっとしか出会っていない彼女のために僕はこんなことをしているのだろう。走りながらそんなことを思う。
そんなのは決まっている。
全ては彼女が好きだからだ。
「ハァ..ハァ...ハァ...」
久し振りの全力ダッシュに息が乱れ、肺が悲鳴を上げていた。過去の僕なら諦めていたが今の僕は違う。そのことを、今証明できたのだ。
路地裏の入口前に立ち大きく深呼吸し息を整える。鳴り響く心臓、激しい頭痛、一歩が重くなる足。緊張と疲労が混じるこの気持ちになぜか快感を覚えている自分がいた。
「よし、いくぞ」小声でそっと自分に言い聞かす。
重い足を路地裏に一歩、また一歩入れ進む。そして、広場の一歩手前に着く。
嫌な未来を想像してしまう。嫌っていないか?飽きられてしまっていないか?こんなことしか考えられないネガティブな頭にいつの間にか変わっていた。
でも、そんなことを考えているばかりではあのまま、もしかしたらそれ以上の最悪の未来が待っているかもしれないのだ。
だからこそ僕は行く、この答えを「今」作るために。
「ジャリ」と濡れた土に一歩また一歩進む。顔を上げ彼女がいないか探す。案の定、彼女はいつもの場所に小説を読みながら座っていた。
でも、彼女の姿は過去の凛とした感じではなく少し痩せ細っていた。病気が進行しているのが目に分かる。
彼女は僕に気付いていないのか、嫌われてしまったのか、ずっと本を読んでいる。
少し怯えた声で「玲...香...」と呼ぶ。
次のページを開こうとしたてがピタリと止まる。ゆっくりと顔を上げ僕を見つめる。
その瞬間、彼女の目から涙が零れた。一滴、また一滴。それはいつしか、滝のように流れ出す。
立ち上がり不安定な走りでこちらに来る。
僕の手前でふらつきふらつき倒れそうになる彼女を二本の腕でしっかり抱き締める。
「ばか...何で来てくれなかったのよ」
僕の胸で泣きながら彼女は言う。
「ごめん...」とたったの一言だけ僕は言う。ここで、余計な言い訳をしても更に彼女を傷付けると分かっているからだ。
「ずっと待ってた。雨が降る日は毎日のようにここに通った。でも、来なかった。だから、私ね見捨てられたと──」
「違う!」
彼女の言葉を断ち切るように大声で言った。それに驚いたのか彼女はまた泣き始めた。
このままでは話にならないため元居た場所に戻り気持ちを落ち着かせた。
「その...さっきはごめん、突然大声なんか出しちゃって」
「ううん、気にしてないよ。私もちょっとおかしかったし」
さっきとは真逆の感情で僕に言う。
「で、続きからだけど。昔の話を一回したよね?その時に一回捨てられそうになったの。その恐怖がまだ残ってて、それが少しフラッシュバックしちゃったみたいで」
彼女の一言一言は自分の心に刺さるほどの共感が持てる。
「それと、病気の事だけど進行は結構進んでるかな、医者は『ステージⅣ』って言ってたし」
「そうか──、病院での生活はどうなの?」
「まあ、楽しいかな!君程の気の合う子はいないけどね...」
「それでも、楽しそうで良かったよ」
一つ一つの言葉の後に気まずい空気が流れる。久し振りに会った彼女は変わりないように接していてくれているが、どこかと無理をしている。
あの本の話をした時、ついでに病気の事も話した。彼女が生き残れる可能性があるかも知れないからだ。余計なお世話だったかもしれないが。
バレないように彼女の方に視線を向ける。僕は驚いた。彼女の体が少し薄くなっていた。その瞬間、雨が止むことがすぐにわかった。気付かなかったが目の前を見ると雨が弱まり日差しが少しずつ出ている。
──このまま終わってしまうのか
そう思うと彼女が僕の肩を指で押してきた。
「どうした?」
「ん」と両手を広げ僕を見る。
「な、何をするつもりだ」
「何って?ハグだよ」
「そういうのは恋人とやってくれ」
照れ隠しで、あしらうように言ってしまう。
彼女も分かっていてこんなことを言っているのだ。それでも、何故か素直になれない僕がいた。
「恋人じゃなくていい。君としたいの。私から見て君の姿は段々薄くなっていってる。もうお別れの時間が近づいているんだよ。もう君と会えないかも知れない、だから最後だけ君との思い出を忘れないために」
上目使いでお願い事をする。かわいくて無理とは言えなかった。
「わかった。でも、ちょっとだけな」
「えへっ、ありがとう」
ぼくの体を彼女に寄せ抱き締めようとしたとき、そこには彼女はいなかった。ただ、これまでに感じたことない暖かさが残っていた。
そして、目を覚ました頃には僕は家のベットで寝ていた。
何が起こったか分からなかった。
でも、本棚には前より少し厚くなっていた『未来』があった。
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