第3話 駆出し陰陽師と働く環境

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第3話 駆出し陰陽師と働く環境

 豊喜季風は、今年働き始めたばかりの駆出し陰陽師だ。本来なら、先輩陰陽師たちの指導の下、日々雑用に追われ、時には儀式の手伝いをする立場である。  ……が、現実の季風の仕事は、そんなまともな物ではない。  陰陽師とひと口に言っても、陰陽、天文、暦と専門分野が分かれている。その中で季風は陰陽学生として学び、今年めでたく正式に陰陽師となれる事になった……のだが。  配属されたのは、陰陽でも天文でも暦でもなかった。  どんな部署かと言えば、調伏を専門に行う部署なのである。  悪霊や異形の者を調伏する事を専門とした陰陽師が集められた部署で、中には元々朝廷に仕えず民の間で細々と活動していた者までいたりする。とにかく実力主義、出自は問わず、で人材を集めた部署であると言える。  こう言うと、何やらすごい部署であるかのように思える。が、陰陽師になるべく学んだものの調伏以外の仕事がからっきしであったり。真面目に事務をする気も就職する気も無かったが調伏はできる、陰陽を司る家の子息などがいたりもするわけで。  要は、調伏の実力はすごいが、それ以外は正直言って怪しい者達を掻き集めた部署なのである。そのような部署に配属されたというのは、喜んで良いのか悪いのか……。  そもそも、何故このような部署があるのか。  理由は、近年調伏の需要が増えてきて、今までの陰陽寮だけでは全ての依頼を捌けなくなってきたから。  そして、個人的に依頼をされると陰陽師はどうしても心情的にそちらが優先されやすく、結果的に伝手を多く持つ、身分の高い者しか悩みを解決してもらえなくなる恐れがあるからだ。  それに、調伏ばかりしていたら、朝廷の行事や天文の観測などの仕事にしわ寄せがくる。  それらの理由から、調伏専門の部署が作られた。そして、この部署に所属していない陰陽師は、基本的に相手が誰であろうと通常業務を優先させ、個人的な依頼は余裕がある時だけにしなさい、という決まりができたのである。  しかし、それではこの部署に所属する陰陽師に伝手を持ってしまえば、結局今までと変わらないではないか。そう言う者もいる。一応個人的な依頼は禁止、と言われているのだが、断りきれない者だっているだろう。  だが、実際のところ、そういう事例はほとんど無い。何故かほとんどの依頼者が、「陰陽寮を通さない依頼は禁止、身分に関係無く緊急性の高そうな物を優先する」という決まりを破らずに守ってくれているのである。  そして、破った者はその後姿を見る事が無くなるという噂がまことしやかに流れていたりもする。少し背筋が寒くなる話だが、細かい事を気にしてはいけない。気にしたら負けだ。  そして、この調伏専門部署を立ち上げたのが、何を隠そう、季風の姉なのである。  何故女の身である彼女に、陰陽寮の部署を立ち上げる事ができたのか。何故こうも、調伏専門部署に無理を言ってくる者が少ないのか。  簡単に言うと、姉が言葉での説明が困難なほどに有能だからである。  瞬く間に絵を五枚も描いて事からもわかるように、この姉は仕事を効率良くこなす事が非常に上手い。  それだけではない。文学の素養も非常に高い。文学だけではなく、漢籍にも歴史にも数字にも強い。筆と文字を使って行う事は何でも苦にせずこなしてしまう。  もちろん、歌も詠める。舞も舞える。楽器も堪能だし、幼い頃護身の為に学んだとかで、太刀と弓もそれなりに扱えるという話である。そして、当然のように容姿も、声も良い。  おまけに、どんな手を使っての事か、京中に伝手やら情報網を持っており、呼べばすぐに駆けつけてくれる手下的存在までいたりする。  まさに万能。欠点と言えば、男に生まれなかったためにその能力を余す事無く活かす事ができないという事。そして、入内どころか男にまるで興味が無く、折角のその美貌や美声を無駄にしている事。と言える。  そんな姉の行動基準は、基本的に楽しそうか、楽しくなさそうか。そして裏も含めて、あちらこちらに手を回してまで陰陽寮に調伏専門の部署を作ったのは、そういうのがあれば楽しそうだから、という理由に他ならない。  そして、身内が一人でも所属していれば、詳しい話をいつでも聞く事ができるだろうという期待から、実の弟である季風に陰陽師を目指させ、そして調伏専門部署に配属させた、という無茶っぷりである。  尚、調伏専門部署に配属する時分には八方に手を回したらしいが、季風が試験を受ける時や、正式に陰陽師になれるか否かの時には何もしていないらしい。  そして、季風はそんな姉に逆らう事ができず、今に至る。別に、特になりたい物があったわけでもないので、その辺りはそれほど気にしていないのが救いである。  余談だが、姉は世間では「らんの君」と呼ばれている。  らんは植物の蘭の事であろうと思うのが普通だろうが、その本性を知る者は「嵐の君ではないか」だとか、「乱の君であろう」だとか、言いたい放題である。だが、否定しきれないのが悲しいところだ。  ついでに言うと、「蘭の君」説を推す者の中には、蘭は蘭でも蘭陵王の事だろうと推測する者もいる。  これまた、否定しきれない。そして、姉本人がその説を聞いて面白がってしまっているのが始末に悪い。  そして今日もまた、季風は姉に、求められるままに仕事についての話を語る。  それは、日差しが強さをいや増してきた初夏の事。青い空に紅色が映える、夏のような、秋のような、不思議な季節の話だった。
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