弟は辛いよ

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今時珍しい磨りガラスの引き戸を開けると、店の天井まで伸びた棚いっぱいに、本が山のように積み上げられていた。 昭和な雰囲気が至る所に残る、その小さな本屋は古本屋だった。 勉強か仕事で必要な本でもあるのだろうか。 店の奥には腰の曲がった小さなおばあちゃんが店番をしている。 「着いたけど、何の本を買えばいいの?」 電話口に向かって訊ねながら、店をぐるりと見渡していると、こんな小さな本屋にも関わらずお客さんがちらほら。 背後の引き戸が開いて、また一人入ってきた様子だった。 『取り置きして貰ってるのよ。お店の人にタイトルを言えば出してもらえるわ』 「わかった。じゃあ、あのおばあちゃんに」 店奥のレジまで歩いて行こうと足を踏み出したところで、 『おばあちゃんは耳が遠いからダメよ』 花の声に足を止めた。 「じゃあどうすれば」 『バイトの子がいるはずよ。背の高い男の子』 「バイト?」 そんな人いたっけ? 周りは女性客ばかりで男性なんて一人もいない。 「花、バイトの人なんていないけ」 声に被さるようにして、ガラリとまた引き戸の鳴る音が響いた。 「ただいま〜、って、あ? なんでここに黒沢が?」 引き戸を開いて入ってきたのは、同じ学部で友人の須藤だった。 「須藤!? もしかしてここって」 「俺のばあちゃん家だよ。時々バイトで手伝いに来てんだ。なに、本買いに来たわけ?」 レジ袋を片手に入ってきた須藤の様子からして、おつかいでも頼まれていたのだろう。 「へえ、知らなかった。そうそう、姉に頼まれて本を買いに来たんだけど。取り置きして貰ってるみたいなんだ。須藤分かる?」 「たぶん分かると思う。探してやるから、タイトル教えて」 レジ袋を店の奥に置いてから、須藤がこちらに戻ってくる。俺は待たせていた花に向かって訊ねる。 「花、知り合いの本屋だった。探して貰えるからタイトル教えて」 『あら、知り合いの子なのね。当て馬にうってつけじゃない』 あ、当て馬? 「は? 今、なんて?」 『んん、なんでもないわ。じゃあ、ちゃんとその子に伝えてね。本のタイトルは……』 「タイトルは?」 電話越しの花が、くすりと微笑んだ気配がした。 『僕を抱いてください』 ……今すぐ、このバカ姉をどうにかしてくれ。
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