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居酒屋に来ています。
最近の花さんは、ここの居酒屋がお気に入りのようで、こうして仕事帰りに私をよく誘ってくれるのです。
「はあぁ〜」
花さんの桃色吐息に、隣の席の男性客が頬を赤らめています。わかります。花さんの可憐さは呼吸ひとつでも周囲を魅了してしまいますから。
「花さん、どうしたのですか?」
「ちょっとね…… 最近気になる人がいて」
「気になる人ですか!?」
なんと!
万年妄想腐女子な花さんにも、ついに春が来た、ということでしょうか?
「ほら、耳を澄まして。メイちゃん」
花さんは名物のデスソース唐揚げを頬張りながら、目を閉じて集中している様子。
その姿はアルプスの湖畔にひっそりと花開く、エーデルワイスのような純白の美しさです。
「何か、聴こえるのですか?」
どうやら花さんに春が来たのではなく、誰かの春を察知したご様子です。
「カウンター。左端。残業後のサラリーマン二人」
花さんの声に、カウンターに目を向けると、サラリーマンと思しきスーツ姿の若い男性客が二人。ビールジョッキを片手に談笑しています。
「あの男性二人ですね。確認しました」
「茶髪と黒髪。ここ数週間、あの二人の会話が₍気になって仕方ないのよ」
ほどよくお酒が回り始めた花さんの会話の8割は、どっちが攻めで、どっちが受けか。大体そんな話です。あ、ご存知無い方はグーグル先生で調べてみてくださいね。
「それにあの黒髪の方。一見優しそうだけど、茶髪に向ける眼差しが尋常じゃないわ」
確かに黒髪さんは、茶髪さんの会話を聴きながら目をジッと見つめているようにも思えますが。
「あの子、ベッドの上では豹変するタイプね」
「ベ、ベッドですか!?」
「そうよ。ああいう穏やかそうな男は、独占欲で嫉妬に狂うのが定番なのよ。特にお酒の入った夜なんて鼻血ものなんだから」
「なるほど。優しそうな男は、ベッドの上では嫉妬深くなるのが定番なのですね」
私は教わった内容を、早速脳内のBLメモリに記憶します。その向かい側で、花さんは頬杖をついたまま、儚げにため息を吐き出しました。
「はあぁ〜、でもそれじゃあ刺激が足りないのよね。いっそのこと、山田ノンノ先生のDomSubユニバース漫画*のように、茶髪がコロっと調教されちゃえばいいのに」
花さんの趣味ですか?
察しの良い皆さんならもうお分かりでしょうが、仲の良い男性二人組をオカズにファンタジックな妄想を繰り広げて、疲れた心を自己回復するという、実に画期的且つ、エコロジーな趣味です。
※DomSubユニバース→海外の二次創作より派生した究極の主従関係BL。
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