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ああ、綺麗だ。 山の頂から見る景色に、心が洗われる。 社会人になってから久しぶりに縦走した。 学生時代使ってた用具を、綺麗に手入れしてて良かった。 手頃な場所に腰を下ろし、一息つく。 1年前に亡くなった母の法事も無事終えた。 母は大分前から夢と現を行ったり来たりしてた。 原因は父の死。 遠洋漁業の船乗りだった父が、急速冷凍する機械の中で凍死した。運悪く所在確認が遅くなった不慮の事故。 凍りついた父の亡骸に再会した時、母は発狂した。 父と瓜二つの俺を見る度、切なく父の名を呼ぶものだから俺は学生時代、家に殆どいなかった。 母の介護を実家近くに嫁いだ姉達に任せ、俺は大学とバイトと山に明け暮れた。 家から出たかったので、就活は社員寮のある会社を探した。就職先が決まり引っ越しの朝、母と珍しくまともな会話をした。 その中で忘れられない母の一言がある。 「雪山には絶対登らないで」 凍死で伴侶を亡くした母の忠告。 夏山がメインだったが、いつかは雪山もチャレンジしたいと思っていた。しかしその時の母の気迫で生涯断念する決意をした。 会社から程近い所に家が用意されてる分、凄い働かされた。 丁度、創業者から世代交代したばかりで、会社は勢いに乗っていた。 社長は未だ若かったが、リサーチが丹念で、売り込む余地のある取引先を見つけるのが上手だった。 そこへ俺達営業マンが仕掛ける。 ある程度、取引実績を作ってしまえば、こっちのものだ。 損して得取れをモットーに社員一同やってきた。会社は俺の入社時より大きくなったが、自身の私生活は惨憺たるものだ。 特に女運がない。
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