Trick or Treat , or――

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 ハロウィンの日、僕は神社にやってきていた。  都会では仮装パレードなどが行われているが、この辺りは静かなものだ。  その中でもさらに人気のない、ほとんど正月ぐらいしか参拝客のないこの神社に、どうして僕が来たのかといえば――  理由は単純で、近所だから悩み事があったりするとここに『話しに』来るからだ。  そのついでに、少しだけ掃除もしておく。  鈴がついた綱に引っ付いている、落ち葉を剥がし。  賽銭箱の、蜘蛛の巣とも、埃ともつかないものを取り払う。  そして、そこまでやったところで。  人気のなかったはずの神社に、声が響いた。 「ぬし、来たか」  僕が顔を上げると、そこには――  狐の耳と尻尾を生やした、巫女服姿の童女が座っていた。 ☆★☆  彼女は『かみさま』。  つまり、この神社の主である。  理由はよく分からないが、僕がこうしてこの神社を訪れるようになったら、いつの間にか見えるようになっていたのだ。  彼女曰く、波長が合いやすかったかららしい。あと彼女自身が、正月以外誰も来ないようなこの神社に来る人間が珍しくて、ちょっと話しかけてみようと思ったらしい。  僕も最初は驚いたものの、まあそんなこともあるかと思って、すぐにこの小さな『かみさま』の存在を受け入れた。  なにしろ、姿が見える前にも心の中で自分の悩みや愚痴を、ずっと参拝でぶっちゃけ続けていたのだ。  その際にもなんとなく『返事』は聞こえていたので、確かに波長は合っていたのかもしれない。  それがこうして形を取って、目の前に出てきてくれただけの話だ。  ありがたいような気もするが、しかし相手は狐耳の巫女服童女である。  そんな外見のせいもあって、僕は畏敬というよりは親愛に近い感覚で彼女と接していた。  本人(本神?)が言うには「もっと参拝客が増えれば、わしじゃって他の有名神のように『ないすばでぃ』になるんじゃ!」ということだったが、この社の様子だと僕が一生かかってもその姿は拝めないのではないかと思う。  ともかく彼女はその短くて華奢そうな足をぷらぷらさせて、座っていたところから飛び降りる。 「暇じゃのー。まあいつも暇じゃが。何やら今日は、さらに輪をかけて暇じゃ。退屈しておったところにぬしが来てくれて、助かったわい」  あくびをしながらそんなことを言う『かみさま』。  微笑ましいその姿に、僕は苦笑して言葉を返す。 「まあ、今日はハロウィンですからねえ」 「はろうぃん? はろうぃんとは何じゃ?」 「えーと、これです」  僕は携帯を取り出して、ハロウィンの解説ページを開き彼女に手渡した。  それを読んで狐耳の巫女服童女は、ふむふむとうなずく。 「成る程。西洋の魔除けの祭りなわけじゃな。であればわしらの領域は、暇にもなるはずじゃ」  道理で暇な割に、遠くで騒がしい気配がするわけじゃ――と恐らくパレードが行われているであろう方角を見て、彼女は言った。  小さな姿ではあるが、やはりそこは神様ということか。  僕の認識できる範囲をはるかに超えて、彼女はこの世界を見渡すことができるらしい。  しかし、見ることはできても、直接関与はできない。  気になっていたところに僕が現れて説明をしたことで、彼女もすっきりしたようだ。  納得した様子でさらにページをスクロールする神様に、僕は言う。 「仮装して街を歩いたりするんですよ。普通は魔女とかお化けとかだけど……最近はもう何でもありで、貴方みたいな格好をした人もいたりします」 「そうか。ならわしが混じっても、ばれんかの」 「だと思いますよ」  僕と同じように、波長が合って見える人間もいるかもしれないが、小さな女の子のコスプレと思われるだけだろう。  この社を離れていいのか、そもそも離れられるのかは分からないが、もしこの神様が行きたいというのなら、そういった催し物に付き合ってみてもいい。  いつも悩みを聞いてもらっているので、そのお返しにと僕が考えていると、彼女はふるふると首を振る。 「いや。わしはここを離れるわけにはいかんからの。まあ離れられなくもないが、稀にぬしのように、突然ふらりと来る者もおるからな。それをないがしろにするわけにもいかん」 「あ。漏れちゃいましたか、僕の思考」 「それだけ鮮明に行った後のことを考えていれば、わしでなくとも、勘のいい者なら気づくじゃろうて」  まあ、そりゃあこの巫女服童女を肩車したり連れ歩いたりしてるのを強くイメージしていれば、神様にも伝わるだろう。  しかし、そうはいってもこの土地に縛り付けられているというのは、やはり少しかわいそうに思えるのだ。  お役目だから仕方ない、と言ってしまえばそれまでだが――何か、彼女の無聊を慰められるものはないだろうか。  そう考えていると、狐耳童女は画面をスクロールする指を止め、首を傾げてこちらに尋ねてくる。 「ぬし。これはなんと読むんじゃ」 「ああ。これは『トリック・オア・トリート』って読むんですよ」  カタカナは読めるようだが、いきなり知らないローマ字や英単語を読むのは厳しいらしい。  万能なようでいて、そこは日本の神様というところか。  まあ、ハロウィンが日本に根付いてきたのも最近だし、彼女が知らないのも無理はない。  僕がこの神様に何かを教える機会なんてそうそうないので、少し調子に乗って追加の解説などをしてみる。 「子どもたちが仮装をしてこれを言うと、大人がお菓子をくれるんです。貴方が本気で実体化してこれをやったら、結構な量が集まるんじゃないかなあ」 「まあ、進物が増えるのはいいことじゃ。力も増すしの」  クオリティの高いコスプレに、この可愛らしい容姿だ。  ついつい財布の紐を緩めるというか、相貌を崩してたくさんのお菓子を差し出してしまう大人も多いのではないだろうか。  僕も僕で『かみさま』がお菓子を頬張る姿を想像していると、彼女は半眼でこちらを見てくる。 「……だから、わしは行かんと言うに。何やら聖地と呼ばれている本宮の者ならともかく、わしはえーと、あの、何じゃ? 『もえー』というやつは、よく分からんぞ」 「ああ、そういえばこの神社、あそこの分社ですもんね……」  僕も聖地巡礼と普通の参拝を兼ねて行ったことがあるが、あそこの絵馬は、コミケ会場かと見まごうばかりのレベルの高さだった。  本社と分社の間柄ということで、あちらの得体の知れないオーラというかパワーのようなものが影響して、彼女はこんな姿になっているのではないだろうか……まあ、それはそれで僕はいいのだが。  けれども神様自身としては、もうちょっと大きくなりたいというか、そういう気持ちはあるらしい。  寄進物が増えてここが盛んになれば、彼女の力はもっと増す。  それはそれで、どこかに連れて行くよりもいい恩返しになるかもしれない。  そう思って、僕は神様に言ってみる。 「じゃあ僕、いったん家に帰ってお菓子持ってきます? たまには西洋にかぶれてみるのも、息抜きになっていいんじゃないですか」  この狐耳巫女服童女に、「トリック・オア・トリート」と言わせてみたい下心が、ないわけではない。  というか、むちゃくちゃ言わせたい。  下から上目遣いで手を差し出されて、ちょっと拗ねた感じで言われたら、僕はもうこの両手いっぱいにお菓子を掲げて彼女を埋め尽くすほどの量を差し出してもいい。  そんな僕の願いを、この小さな神様は、聞き届けてくれたのだろうか。  彼女は少し唇を尖らせて、上目遣いで下から手を差し出し――  そのままその手を社の方に向けて、ある一点を指差す。 「トリック・オア・賽銭」 「意外と現金主義だった、この神様!!」  確かにそれも、ご進物には変わりないんだろうけど!  むしろお菓子よりも効果的なんだろうけど!  なんなんだろう、この敗北感は。  そう思いながらも当初の予定通り、僕は自分で掃除をした賽銭箱に、十円を放り込む。 「童女の上目遣い、童女の上目遣い……」 「ぬし、押さえ切れぬ怨念が声になって出てきておるぞ」  二礼二拍手をして合掌していたら、その当の神様に突っ込まれた。  まあ、今日のところは祭りに免じて、許してやろうかのう――と、呆れたように言って。  彼女は下から僕を見上げ。  屈託ない笑みを浮かべて。  服の裾を引っ張りながら。 「とりっく・おあ・とりーと」  と。  少し、舌足らずな調子で言ってきた。  その笑顔を見つめ、僕は手を合わせたまま決意する。  ああ、分かった。  そんなイタズラを仕掛けてくるようなら。  僕だってこの賽銭箱に、ありったけの十円チョコを、放り込んでやろうじゃないか。
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