1.秋風はまだ夏の余韻

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「あ、ごめんなさい、また眠っちゃった」 「突然、こうなるんなら、弾かなかったらいいだろ」 僕は正論を言った。できないなら、やらない。それなのに、彼女は僕の言葉を聞いて、驚いた顔をした。それから、笑顔になる。 「心配してくれて嬉しいです」 「いや、心配とかじゃなくて」 「違うんです?」 「ちが……いや、どっちでもいいだろ、そんなのは」 僕はそっぽを向いて言う。どうにも、調子が狂う。それに対して、彼女はふふふと可笑しそうに笑った。 「大丈夫です。弾きたいから、弾いてるので」 彼女は要するに趣味だから大丈夫だと言いたいらしい。 「それなら、止めないけど」 「それに」と彼女は弾んだ声で付け加える。「聞かないとか言ってても、私の演奏を聞いてくれる人に出会いました」 それは、どういうつもりで言っているのだろう。秋風はまだ夏の余韻を残していて、カーテンを(ひるがえ)して、ぬるまった空気が僕を包む。そのぬるさは、ごちゃごちゃして火照った頭と同じ温度だと思った。 「もう、時間だから」 僕は彼女にどう言葉を返したらいいかわからず、強引なことを言って、その場から立ち去った。彼女はそんな僕を別に呼び止めることもなく、僕の背中をどう見ていたのか、見ていなかったのか、わからなかった。 僕がその日、授業に集中できなかったのは、すごく単純で今更なことだけど、それが一層、僕を困惑させた。 あの子の名前、なんて言うんだろう? 学年もクラスもわからない。興味はないはずだと思うのに、本当によくわからなかった。
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