1.秋風はまだ夏の余韻

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人混みは効率化された人生たちだ。無駄を取り除き、やるべきことに集中できるように考えられた結果だ。疲れている顔を見ると、無駄を取り除けなかったからなのだろうと想像する。 ありもしない選択肢を捨てきれず、現実を受け入れられない状態で、ベストも尽くせない。それは、ただ耐え忍ぶだけの人生になって、耐え忍んだことを教訓にするしかない大人になってしまう。 電車の中から溢れ出る人たち。駅のホームに響くアナウンス。夕方の時刻は、俺にとっては家に帰る時間であり、ふと気づけばとりとめのない思考と無意識に揺蕩(たゆた)うくらいの休息の時間であった。 隙間時間だと言って勉強する気は毛頭ない。全くといって、勉強しようなどと気分が乗らなかった。 できることをする。できないことはやらない。やるべきことはできるようにする。やる必要のないことはできなくていい。プライドのある物事に取り組み、手応えを確かめ、足りないと感じた部分をじっくりと眺め、取り入れていく。 そこに、小手先などいらない。ざっくりと大胆に変えるだけでいい。足りないところは、時間を作り、しっかりと自分の力になるように埋めていく。そのごくごく自然な淘汰によって、隙間時間は俺にとって、勉強するには無意味であると結論付けられていた。 駅の改札口を出て、駅ビルと百貨店を繋ぐ何層にも入り組んだ連絡橋を歩いていく。ここは現代アートの趣向を凝らした空中庭園が楽しめるということで有名だ。 空中庭園と言っても、高々5階程度のものだが、高層ビルに囲まれ、傾斜になったドーム状のガラス張り屋根は見ていて圧巻だ。 駅ビルに入ると、吹き抜けの巨大フロアがある。地下と1階、そして2階を繋ぐ大きな階段とエスカレーターがあり、地下鉄へ向かう人たちや百貨店に向かう人たちで溢れかえっていた。 その一角に、グランドピアノが置かれていた。 誰かが弾いていることもあれば、誰も弾いていないこともある。都会のど真ん中にあるストリートピアノを弾こうと思うのは、相当自信のある人だろう。実際、誰かが弾いているのを聞くと、とても上手くて足を止めて聞き入る人もいるくらいだ。
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