1.秋風はまだ夏の余韻

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家は、電車を乗り換えてたどり着く閑静な住宅街にある。 最寄り駅には、改札口を出た先に一年くらいの周期で出店が変わる構内売店があり、ロータリーにファーストフード店や塾、ガラス張りで外から見えるフィットネスクラブがある。 駅から離れれば、スーパーが点在し、地域密着型の複合商業施設が町の景観に同化していて、ここは全体的には目立ちはしないが、綺麗で住みやすい町になっている。 都会のような華やかなのに汚れた場所がなく、かといって田舎の中途半端に古く廃れたところもなく、栄えてはないが健康と言えば、ほとんどの人が納得しそうな場所だった。 鋳物(いもの)風の黒い門扉からちょっと石段を上がって、玄関のドアを開ける。ただいま、と小さな声で言って、ひっそりとして冷たそうなタイルの土間に靴を脱ぐ。 ドアを開け閉めした音が聞こえたのか、母親がリビングから顔を出して、おかえりと言ってきて、また引っ込んでいった。 僕はカバンをリビングに置いて、洗面台で手を洗う。うがいもする。安っぽい白い陶器に開いた穴に、水が吸い込まれていって、くすんだ鏡を見ると、僕の顔が醜く映っていた。 僕は塾に行ってない。経済的問題ではなく、ただ単に学校で勉強して、家に帰って、また勉強しに出かけるのは二度手間だと思っていたからだ。 両親は僕に塾へ行くよう言うが、嫌だと跳ね除けている。塾に行った兄よりも塾に行っていない僕の方が成績いいのに行く意味があるのかと主張して、もっぱら自宅で学習することにしているのだ。 そもそも、僕は親が塾に行ってほしいなどと言うのは、ただ親が安心したいだけなのだと思っている。 兄と僕の結果から、塾に行くと成績が下がるという事実が明らかだというのに、頑なに塾へ行くと成績が上がると信じているのは、常識的に考えればそうだという現実と噂の違いもわからないような思考回路のせいなのではないだろうか。 身近な大人二人がそうなので、大人というものはあまり信用ならなかった。
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