0人が本棚に入れています
本棚に追加
「さきちゃん、ただいま。いい子にしてた?」
一週間後。予定通りに帰ってきた両親は、まっさきに紗己子の部屋へ来てくれた。しゃがんで視線を合わせてくれる母に、紗己子はコクコクと頷き、彼女の首へ縋り付く。子どもらしい仕草に、父が微笑んだ。
「ごめんな、紗己子。いつも寂しい思いをさせて」
「ううん」
「そうだ、今回もお土産があるんだぞ。英吉利のお菓子だ、あとでいっしょに食べような」
「うんっ」
父に頭を撫ぜられ、その手の大きさのあたたかさに、紗己子は頬を緩める。ぽっかりと空いた穴が、埋まっていくようだ。
ずっと、ずぅっと、こうしていられたらいいのに……。
「お、金魚」
父のふとした声に、夢心地だった紗己子の意識は、一気に現実へと引き戻された。
「こうして見ると綺麗だなァ」
「う……うん……」
「本当ね、きらきらして、宝石みたい。紗己子、ちゃんとお世話してるのね。偉いわ」
母の首もとに顔を埋めながら、視線だけ、水槽のほうへやる。窓辺に置かれた水槽のなかには、赤く艶やかなからだを揺らしながら、金魚が泳いでいた。
心臓が激しく鼓動を打ちはじめる。その音が母に聞こえてしまわないか不安で、紗己子は浅く息を繰り返した。「あのね、お母さん……」誤魔化すように呼ぶ。
「なあに。さきちゃん」
「……おかし食べたい」
「あら。ですって、あなた」
「なら、荷物は俺の部屋に運んでもらってしまったから、そちらに行こうか」
母に抱かれたまま、部屋を出る。扉が閉まる直前まで、紗己子は水槽を見つめていた。両親には言えない隠しごとを、胸の奥底に抱えながら。
最初のコメントを投稿しよう!