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例の壺
お母様が即興で作った料理は見ただけで分かったが、マリアさんとオリビアさんの料理は意外にも、地球での海外の現地の人が作る普通の家庭料理のようだった。もちろん、美樹は海外には行ったことはないが。
美味しい料理を食べながら会話を楽しんでいるうちに知ったが、どうやらオリビアさんはこの城下町の出身だったようだ。
城下町に引っ越す際に、オリビアさんの実家の近くに住もうと思ったが、この辺りは空き家が多く、数軒をまとめて購入し豪邸に改築したようだ。
日本でも田舎の空き家問題は深刻だが、この世界でもそのようである。この世界では子どもができにくいので、爆発的に人口が増えることもないが激減することもないらしく、空き家は新しい世代の人たちや引っ越して来た人たちが住むようだ。
このように、仲良くなったお母様たち女性三人の話を私たちは聞きながら、微笑んで相槌をうち食事をした。声を発しているのは、ほぼお母様たちだけだ。
────
「何か……疲れたわね……」
さすがにそろそろ戻ろうということになり、バ車に揺られている私が独りごちると、お母様以外の皆は無言で頷いている。
ちなみにニコライさんは、親族の皆さんに「夜までゆっくりしなさい」と言われて残らざるを得なかった。必然的にマークさんも居残りである。
「さっきの話は途中で終わってしまったけれど……ヒーズル王国に戻ったら、お父様とスイレンは建設の続きをお願いするとして、オヒシバは人を集めてちょうだい。マッツを探さなきゃ……」
するとオヒシバは背筋を伸ばして反応する。
「マッツなら森にたくさん生えております!」
私の作った小さな森は大きな森に育ち、たくさんの木々が生えている。もちろんその中にマッツもあるのは知っている。
「えぇ知っているわ。でもドングーリが実る木も一種類じゃないでしょう? マッツにも種類がたくさんあるのよ。その一つを探さないといけないわ」
今度は疲れきった表情のタデが口を開いた。
「それがさっき言っていた代用品とやらか?」
「えぇそうよ」
「ならハコベやヒイラギたちにも頼むといい。薬草の採取の時に、近くの木も見て把握しているはずだ」
さすがは森の民である。よく採取をする場所の植生までを把握しているのは、さすがとしか言いようがない。
「で、どんなマッツなのだ?」
お母様も疲れたのかウトウトとし始め、「少し休め」と、お母様に声をかけたお父様に問いかけられた。
私が欲しているのはカラマツなのだが、もしかしたら普通のマッツでも良いのかもしれない。それにおそらく名前も違うだろうし、説明にやや困る。
「……うーん……私の知っている特徴を言えば、マッツなのに落葉樹のように葉を落とすのと、捻れながら成長するってことかしら……」
すると、スイレンと眠りに落ちたお母様以外が「あぁ!」と声を揃えた。
どうやらこの世界では『ネジレマッツ』と呼ばれ、あまり使い道のないマッツだが葉を落とすことが珍しく、それなりに知名度があるらしい。
「じゃあこれで使い道が決まったね。どうやって使うの?」
今度はスイレンが質問をしてきた。
「伐採して乾燥させると捻じれや狂いが出るけれど、全く使えないわけではないのよ? 今回はそのマッツの樹液の採取をするの」
樹液がよく分からないスイレンに、タデが説明をしてくれた。
「その樹液で絵を描けるのか? どうやってあのような色を出すのだ?」
「集めた樹液を精製するのよ。成分を分けると言えば分かるかしら? それに色の素を混ぜて、アーマの油も少し混ぜるの」
もちろん精製する場所も設備も人手も足りない。樹液をヒーズル王国で採取して、あとはニコライさんに丸投げするつもりだ。
それを言うと、皆引いた表情をしていた。
「……コホン。……色があったとしてもなかったとしても、必要なことを書物にして残すことは大事だと思うわ。燃やさないように管理をすれば良いのだし、調べものをするにも便利なのよ」
この話に食いついたのはスイレンだ。
「設計図を残してもいいの?」
「もちろんよ。もし同じものを作るとなったら、それを見たらすぐに材料を準備できるでしょう? 私はお料理について書きたいと思っているし、ハコベさんたちが担当してくれている薬草も、使い方や効能が絵と文字で書かれていたら分かりやすいでしょう?」
ハコベさんの名前を出したことにより、タデが大きく頷いた。それに同調するように、バ車内の皆がやる気になってくれたようだ。
「黒板とチョークンも持ち運びや保管しやすいが、文字が消えやすいからな。カレンちゃんの案に賛成だ」
移民の町代表のペーターさんもそう言ってくれた。
「とはいえ、やることが増えてしまって人手不足よね……」
我が国は空前のベビーブームだが、もちろんすぐに労働力とはならない。かといって現状の、発展途上国のように子どもたちも働いているのも問題だ。
するとお父様が微笑みながら口を開いた。
「時間はたっぷりある。何事もゆっくりやっていけば良い」
きっとお父様はお父様で、ヒーズル王国の将来を考えているのだろう。
自宅に戻ったら、一度話し合ってみるのも良いのかもしれないと思った。
────
ようやく宮殿に到着し、二階の大ホールへと続く階段を登っていると、何やらけたたましい声が聞こえて来る。
何事かと思い急ぎ足で階段を登ると、階段の前で三つ巴……いや、四つ巴の言い争いが勃発していた。
「どうしたの?」
一番先に声を発したのは私であるが、それには理由がある。私が城下町でニコライさんにお代を立て替えてもらい購入した、『ティージュ』の壺を巡って口論となっているようだ。
四つ巴と表現したのには訳がある。
ここまで壺を運んだ兵士は「カレン姫の購入した物だ!」と言い、メイドさんは「この臭いは本当は排泄物なのでしょう!? 回収します!」と壺を奪おうとし、厨房から出て来た料理長と副料理長は「これはティージュっていう食い物だ!」と声を揃える。
しかし料理長と副料理長は、一人はティージュ好き、一人はティージュ嫌いなようで、厨房に入れる入れないで揉めているのだ……。
「待って待って! これは間違いなく私が購入した物で、見た目の壺と臭いで排泄物かと勘違いしそうだけど、ティージュという食べ物で合っているわ」
四つ巴の現場に駆け足で向かうと、ようやく口論が収まった。
兵士はドヤ顔でメイドを見つめ、メイドは驚愕の表情をし、料理長は喜び副料理長は嘆いている。なかなかのカオスだ。
そして副料理長よりも権力のある料理長は、私に「ティージュ料理も知っているんですか?」と笑顔で質問してくるではないか。
……部屋でゆっくりとしたかったが、こんな質問をされたなら作らねばなるまい。私自身が食べたいのだから。
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