記憶

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「お母さん……いつかお腹いっぱい食べたいね……」 「お母さん! お金がなくても、山や海や川に行けば食材がいっぱいだね!」 「お父さん!? お父さんのせいなんだから、ちゃんと食料を採ってきて!」 「ほら! コレは食べられる草だよ!」 ──────── んん……。なんだろう……すごく懐かしい夢を見たわ。お人好しで連帯保証人になっては借金ばかりするお父さんと、それを笑って許す優しすぎるお母さん。お金はなくても、私の家は笑顔で溢れ、逆境に負けずに生きていたわ……。でも何かしら……? すごく遠い思い出のような……。 「…………! ……! ……レン! カレン!」 枕元がうるさいわ……。あぁ……眠りから覚めてしまう……。 「カレン!」 「目を覚ましたぞ!」 「カレーン! うわぁぁぁん!」 薄っすらと、どうにか目を開けると、目の前で一気に捲し立てられる。お父さん? お母さん? ……いえ、目の前にいるのは心配し過ぎて怒ったような顔のお父様、言葉も出せないほど泣いているお母様、号泣している双子の弟のスイレン、そして弟に負けないくらい泣いているじいや。 「……あれ? ……夢?」 掠れた声を発すれば、一気に話しかけられ誰が何を言っているのか分からない。 「えぇと……私は一体……」 そしてまた掠れた声を発すると急激な眠気に襲われ、周りの声が遠くなっていったと感じた途端に一気に眠りの世界へと落ちた。 ──────── 「あんたの誕生日明日じゃん!? すっかり忘れてた! 何が欲しい?」 「いや、うちに金はないだろ」 さっきの夢には出てこなかった二つ歳下の弟が呆れ果てた顔で口答えをする。……そうだ。うちは貧乏すぎてほとんど自給自足のような生活をしていたんだった。  私は中学卒業後に近くのファミレスで働き始め、弟だけは高校に行かせようと必死に働いたんだった。もちろん働けど働けどうちにはたくさんのお金なんてなくて、年頃の弟が喜ぶような誕生日プレゼントを買ってあげることが出来なかったんだ。 だけど季節は夏。山に行けば食材は豊富にある! 私はせめて食卓だけは華やかにしようと、山に山菜を採りに意気揚々と出かけたんだ。けれど猛暑と雨不足のせいでお目当ての山菜は見つからず、いつもなら行かない山の奥に行ってしまった。  そしてようやく山菜を見つけ採取していると、後ろから荒い鼻息が聞こえて来た。ゆっくりと振り向けば、肩越しに見えるのはそれは立派なイノシシだった。ご機嫌ナナメのイノシシは「オレの縄張りで何しとんじゃ!?」と言わんばかりの鼻息だ。 今まで運良くイノシシに出くわしたことのない私は、盛大にやらかしてしまったんだ。ビックリして「ギャー!」という大声を出して立ち上がり、そして持っていた山菜を投げつけ、さらには逃げるために走ってしまった。イノシシは完全に私を敵認定し追いかけて来た。 「何もしないから! 食べたいとは思うけど、食べないから!」 時折後ろを振り向きながらイノシシに対して必死に叫ぶ。私の叫び声が気に食わないのか、はたまた食べたいと言ったことに怒ったのか、イノシシはフゴフゴとさらに鼻息を荒くし、私に体当たりしてきた。  牙が刺さることはなかったけど、その衝撃で薮で見えなかった崖から落ちた。そこまで高低差があった訳ではないけれど、イノシシは突然崖から落ちた私を見失いどこかへ行ったみたいだった。 「今のうち……痛っ!!」 崖の上ばかり気にしていたけど体中が痛い。そこで初めて自分の体を見てみると、右手首は明らかに折れていてとてもじゃないけど動かせない。そして左足首はあさっての方向を向いていた。 「ウソでしょ……痛っ……」 痛みで涙がこぼれ体が動かせない。なんとか動く左手でズボンのポケットに入れていたスマホを出すと、画面は割れて電源も点かない。  このスマホは中学卒業と同時に働き始めた私に、「給料の全額は家に入れずに、半分は年頃の女の子らしいことに使いなさい」と両親が言ってくれ、高校へ行った友だちたちと連絡をとったり、バイト先からの連絡用にと買った格安スマホだ。家ではほぼ使わずに、休憩中やバイト終わりに職場の無料Wi-Fiを使っていたから使用料も安かった。  ずっと大事に使ってきた物だけに、壊れた思い出のスマホがさらに私の絶望感を増大させた。 ……そうだった。動けないまま何日もそこにいて、救助隊の声が遠くで聞こえた時にはもう声を出すことも出来なくなってて、私は発見されないまま衰弱死したんだった……。体中痛くて、喉の渇きと極度の空腹……かなり悲惨な死に方だったのを思い出した。
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