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四つ葉のクローバー
首筋を伝う冷たい水滴、ビクッとして瞼を開くと眼前に広がる光景は記憶にあるスケール感とは全く違った感じで、まるで自分が小人にでもなったかのような錯覚を覚えた。
体が動かない!
今までそれがなぜ動いていたかなど考えた事もなかった手や足や首が動かないのだ。
「これはもしかして夢か?」
と、一瞬思ったが、そうでもないようだ。
目が醒めてから数時間経った。
春色の日差しが注ぐ早朝、何もできず只々呆けていると私の目の前に一匹のカラスが舞い降りてきた。
私はこの暇な現状を打開する為にフランクな感じでそのカラスに声をかけてみた。
「カラスさんこんにちは!」
何となく声を掛けてみたもののカラスは私など眼中に無く道に落ちている何かのクズをひたすら突いて食べている。
「カラスさん! ちょっと~ 人が話しかけているのだから無視しないでくださいよ!」
半ば自棄になって呼びかけたが返事は無い。まあ普通に考えたらカラスが喋るはずないのだけどそれでも暇なので呼びかけ続けた。
「カラスさん、カラスさん、お名前は?」
「……お前に名乗るななど無いよ」
「あっ! 喋った、もしかして九官鳥?」
よく見ると何だか変だ、私の目がブレているのだと思っていたがそうでもないようだ。
不思議な事にこのカラス、足が5本あるのだ。
まあ、多少変なところは置いといて、それにしても何だか威張っている、初対面なのだから素っ気ない返事なのはわかるけど、もう少しこちらに気を使ってくれても良いと思う。もしかしてこちらが名乗っていないから怒っているのかな? お前が名乗るのが先だ! 的なノリなのかな? だったら。
「私はヨツハネ・ヨツバといいます。名字は数字の4に大空を羽ばたくの羽で四羽、名前は数字の4に葉っぱの葉と書いて四葉です。私が名乗ったのだからカラスさんも名前を教えてくださいよ」
「フンッ! だからお前に名乗る名など無いと言っとるのだ!」
カラスの表情の見分けは微妙で良くわからないけれどどうやら不機嫌みたいだ。それでも私は話を続けた。
「え~ でもそれじゃ話しづらいじゃないですか、・・・では私の独断と偏見でカー吉さんと呼ばせてもらいまよ、いいですか!」
「ちょっ、ちょっと待てぃっ! そんなあだなで呼ぶな! 失礼な!」
「カー吉じゃ嫌ですか? それじゃカ~ちゃんなんてどうでしょう」
ますます不機嫌な顔になった。そして一旦羽を広げて飛び立とうとしたが気持ちを持ち直して羽をたたんだ。
「オホン! まあいいだろう、教えてやる」
カラスの声が急に小さくなった。
「えっ、よく聞こえませんでした、何ですか?」
「教えてやると言っているんだよ! そんな変なあだ名付けられると迷惑なんだ!」
「わかりましたから急に大声出さないでくださいよ~」
「よく聞け、俺の名はケンゴ、研究の研に吾輩は猫であるの吾、全部合わせて研吾だ、解ったか!」
「驚きました、本当に名前がちゃんとあるのですね。──それではカー吉では無く研吾と呼べと言うのですね」
「そうだ、研吾だよ、カー吉とかそんなセンスのカケラらも無い名前で呼ぶな、全くもって失敬な奴だな。それと、俺の方がどう見ても年上なのだから研吾さんと呼べよな、いいな」
何気に年上宣言して偉ぶっている。
「あの~ 少し気になることがあるのですが質問しても良いですか?」
「普段なら質問は受け付けないのだが今日は天気が良いので聞いてやるよ」
どうやら天気が良いと教えてくれるらしい、曇りだったら教えてもらえないところだった。
「ありがとうございます。では足の事なのですが」
「足か・・・」
「5本脚があると言う事は普通のカラスでは無く八咫烏的な何かでしょうか?」
「お前は本当に失礼な奴だな、あんなのと一緒にするな。八咫烏は足が3本だろうが、俺の足は5本あるのだから俺の方が偉いんだよ。──だがまあ八咫烏の事を知っていたことは褒めてやる」
「お褒めに預かり光栄です」
このカラスは常に上から目線だ。
「ところで俺に何か用か?」
やっと本題に入れそうだ。
「はい、少し聞きたいことがありまして」
「なんだ?」
「いえ、些細な事なのですが」
「早く言えよ」
「はい、──私は以前人間だったのですが死んで何かに転生したようなのです。ですが体も動かずどんな姿になっているのか解らないのですよ。教えてもらえませんか?」
「そんな事か、わかった、少し待ってろ」
待ってろ? 今すぐ教えて欲しいのに。
研吾さんが羽を大きく広げた。
「あ! どこか行かれるのですか? 口頭で教えてもらえるだけで良いのですよ!」
「お前、おとなしく待っていろよ」
そう言うと研吾さんはどこかに飛んで行ってしまった。
そしてまた暇になった。
こんなただひたすらサラリーマンが左から右に右から左にロボットのように歩いて行く姿を見るだけなんてとても耐えられそうにない。時折唾を吐かれたり、火の点いたタバコを投げつけられたりするのも納得いかない。
「あ~ あ~ あ~ 暇だ!」
動けないのがこんなに暇だとは思わなかった。あんな烏もどきの変なオジ様でも喋っている間は楽しかった。研吾さん早く帰ってこないかな~
──
暇なので死ぬ前の事を少し思い出すことにした。
生前の名前は四羽四葉だと言う事は思い出した。だがなぜこんな事になったのか? 思い出せるのは同級生で別のクラスの男子、金文オロチとかいう冗談のような名前の男子に放課後屋上に呼び出されたのだ事だ。そして俺の女になれとか言って急に襲ってきたので抵抗してドロップキックをおみまいしたのは覚えている。あの時の金文オロチの顔ときたら傑作だった。2年生の中でも超癒し系で島巡り橋高校の聖母の名で通っていた私にドロップキックを食らわされたのだ、そりゃ驚きもするだろう。こう見えても私はプロレス好きでムシャクシャした時は放課後の体育倉庫で親友兼恋人の向日葵とマットに向かってドロップキックの練習をしてモヤモヤを解消していたのだ。まあ、それは置いといて、金文オロチにドロップキックをした後着地に失敗して頭を打ってもがいているとヤツが覆いかぶさってきて私の服を破り胸を揉みしだき、スカートを捲り上げショーツを引きちぎったのだ。そして奴のモノを挿入されかかって少し入ってきたところで金文オロチの首を絞めたら奴も私の首を絞めてきてその後から覚えていない。
回想をひとしきり終える頃には研吾さんが戻ってきた。
「研吾さんおかえりなさい、ププッ。」
「何がおかしい!」
「いえ、足が5本もあると何だか昆虫が飛んでいるみたいですね」
「バカにしているのか? バカにしているだろお前!」
「いえ、バカになどしていませんよ、足が多くて良いなと思っただけです。なんせ私には無いものですから」
「まあいい、お前、早く俺の頭に乗れよ」
「頭に乗れと言われましても動けないのですよ」
「少し痛いが咥えるぞ」
「え!」
研吾さんが私の腹の辺りを咥えて上に持ち上げると地面に刺さった足からブチブチと千切れた音を発して、そして持ち上げられすぐに下に置かれた。
「おい四葉、足を動いてみろよ」
このカラスはどういう了見なのかわからないが、私に動けと言う。そして名前も呼び捨てだ。
半信半疑ではあったが足を動かしてみるとゆっくりだが歩けてしまった。
丁度良い感じに根っこが二股に分かれている事が功を奏したようだ。
「動きました! 私の足動きますよ!」
「そりゃそうだろ、お前、喋れるんだから足も動かないとおかしいだろ」
喋れたら足も動くと言うものでも無いと思うのだが。
そして飛んだり走ったりしていると段々スムーズに動けるようになってきた。
「足も動くんだから体も曲げられるだろ、こういうのはイメージが大事なんだよ、腹に力を入れる感じでやってみろ」
研吾さんが言うように私は腹に力を入れたが動かない。
「フムフム、やっぱり自分の姿の全貌が把握できてないから体は動かないようだな、まあいい、ほれ、俺の頭の上に早く乗れ」
「乗れと言われても」
「つべこべ言ってないで早く乗れよ!」
研吾さんが頭を下げたのでその頭のてっぺんにジャンプして飛び乗った。
「それじゃ行くぞ! ちゃんと足でロックして俺の頭に掴まってろよ」
研吾さんはそう言うと羽を広げ飛び上がった。
近くにいたサラリーマンの傍を飛び抜けたのでそのサラリーマンは驚いて私たちを目で追っている。
「研吾さん、飛ぶのって気持ちいいですね!」
「そおかぁ~ 俺はいつもの事なので何も感じないけどな、それに飛んでいるのは俺であってお前は乗っているだけだろ」
「いやそういう意味じゃなくて……」
何を言っても反論されそうなのでこれ以上突っ込まなかった。
「それで何処にいくのですか?」
「すぐそこだから着いてからのお楽しみだ」
そお言うと研吾さんは急降下して廃工場の窓の空いたところへ飛び込んだ。
中に入ると机が沢山並べてあって、研吾さんは部屋の中央付近の机の上に着陸した。机の上には長方形の物に布が掛けてあって、研吾さんはそれに近づいてクチバシで布を剥いだ。すると縦50センチ程度の鏡が出てきた。その鏡を研吾さんは一番上の2本の足を手のように器用に動かし鏡の後ろの足を立てて私の方へ向けた。鏡に映されたものはカラスの頭の上に乗っかった四つ葉のクローバーだった。
「あ~」
私は落胆した。
「自覚したか、これが今のお前の姿だ」
「そうですね、何かの植物である事は薄々解っていましたがクローバーなのですね、しかも四葉のクローバー」
「では自分を自覚したなら全部動くだろから動かしてみろよ」
私は体を茎だと認識したのでそれを動かすイメージをすると前後左右に動かすことができた。うれしい事に首?も動く。
「あ~ 前方の視界が良くなりました。こうじゃないと生きていけないですね。研吾さんありがとうございました」
「ウム」
「いや~ 自由を手に入れた気分です」
・・・・・・
「それでお前の今後の事だが、お前はこれからどうするつもりだ?」
「そうですね、こんな姿なので静かな場所で生きていきたいですね」
「そうか、では俺のとっておきの場所まで連れてってやろう」
「ありがとうございます、ただその前に私の友人と言うか恋人の事が心配なので確認してから行きたいと思います。連れてってもらえませんか?」
「彼氏か?」
「いえ、彼女です」
「……お前その姿になる前は女だろ?」
「はい」
「では彼女と言うのはおかしくないか?」
「研吾さん、まだまだカラスができていませんね。わたしは」
「もういい、察したから皆まで言うな」
「ありがとうございます」
「では行くか!」
「はい!」
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