3、春乞い

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3、春乞い

君を見るたびに、ぼくの中の空洞が こちらを見返してくるんだ。 木の幹にぽっかり、とあいた、うろ。その中に君が入っていて こちらをじっとりと見つめている ような、気がしている。 よく、考えて。 それは君、じゃなくて、ぼく、かも。 特別な日、があるよね。人生の中で 思い返したら特別だった、って思う、日のこと。 そんな日が、 そんな日に、告げられた、その一言が、君の一言が、いつでも、 いつでもぼくを 見返して、くる ような気がしてる。 空洞、なんだ、それは。 まっ黒で、先が見えない。 引きずり込まれそうになった、夜。 いき、を吹き返した、朝。 麗かな、泣きそうになるくらい、無垢な優しさに満ちた、(きみ)だった。 蛍光灯が、在る。ただ、そこに在る。 無機質に光っている。 誰かがぼくを見つめている。 ああ、春には敵わないさ。ぼくにはこの結末が見えていて、ぼくがその空洞に手を差し出すことは、出来ない。そんなことはとうの昔に分かっているさ。 悲しみ、なんて。嘘、なんて。 分かっているさ、そうだろう? 離さないで。空洞から。 離さないで。写し鏡から、 目を。 ぼくの中から搔き集めた花弁(はなびら)が、ほんの少し、ほんの少しだけでいいから、 春を構成する一部に、なったなら。 届いていたなら。 春の、空洞に届いていたら。 願うこと。 どうせなら、春の下で、 どうせなら、春の夕闇。 来い、来い、来いよ。 空洞、それだけ、 それだけを、乞う、春。 春よ来い、恋、恋、恋 。恋を、乞う。
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