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 アタシたちは架台の下でじっとしていた。  アタシたちの嗅覚は犬に負けないくらいいいのだ。漂ってくる人間の匂いの中に不穏を感じるときもあれば、ただの通りすがりの無害を感じることもできる。今回はそのどちらでもない・・・若い女の、それも子供たちに近い匂いだ。  アタシは聞き耳を立てる。  わさわさと春草を踏みしめる震動が伝わってきた。  架台の奥から人間の足だけが見え、そのたくさんの足がぐんぐん近づいてきて、アタシたちの目の前で止まった。 「たしか、この辺にいたのよ。親子の猫ちゃん、三匹」 「本当なの?」 「小屋の下かな・・・」  三人の声。  一人の女の子が架台の下を覗いた。  その途端、アタシと目が合った。 「あ、みーっけ! きゃ、めちゃ、かわいいよお!」  丸い顔に丸い眼鏡をかけた子が、おいでおいでと手招きしている。  アタシは低い鳴声で威嚇した。警戒で体がこわばっている。逃げ出したかったけれど、具合の悪いおかあちゃんを置いていけない。  弟も唸っている。 「あーん、警戒してるよ、この子たち」  眼鏡の子が言うと、ほかの子たちもアタシたちを覗きこんだ。 「わたしたち、大丈夫だから。あなたたちの味方だから・・・ほら、お腹空いてない?」  今度はしもぶくれで目がくりっとした女の子が細い腕を中に入れてきた。手の先には小さなチューブがあって、その先端からは食欲をそそるいい匂いがした。  アタシは後ずさりながら、おかあちゃんを見た。  おかあちゃんがぼそりと口を開いた。 (この人間の子供たちに敵意はない・・・南中学校の生徒たちよ。制服でわかるの)  さすが、おかあちゃんだ。なんでも知ってる。 (食べても平気?)  アタシはヒゲを最大の警戒にした。  おかあちゃんは短く笑った。 (セレブの家猫用のごはんよ。わたしたちには高級すぎて口に合わないかもしれないけどね) (そんなもんかな)  アタシは右の前脚でチューブをつついてみた。 「あ、食べる? おいしいよお!」  しもぶくれの子は嬉しそうにチューブの中身を絞りだした。  ぶちゅうう。  アタシは舌先でちろちろと試食・・・    うん、いけるかも。  弟ものっそりとやってきた。  こうしてアタシたちは南中学校の女子生徒たちと仲良くなった。彼女たちは三人。眼鏡、しもぶくれ、もうひとりは髪の毛を頭のてっぺんでお団子に留めていた。あだなはお団子にしょう。  春も終わり、アジサイが咲き、カエルの鳴き声もうるさくなった。  彼女たちは毎日来るわけではなかったけれど、アタシたちはすっかり懐いていた。  でも、おかあちゃんの体調はすぐれない。日を追うごとに衰弱していくのがわかった。  ある日、お団子の子が提案した。 「動物病院に行って診てもらおうか」
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