5 禁断の術

6/6
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/231ページ
 どうしよう、言わなきゃ。  言うのは怖い。言葉に出すと、余計にその画像を現実のものとして形作ってしまいそうだからだ。だから昨日、自分のことを調べようと決心した時も、このことは言いたくないという方針で自分の中で決定していた。  でも、やっぱり言わなきゃ……。大事なことを隠しているのは、きっとよくない……。  言うのが怖い反面、瞬たちになら言っても……という予感も実はどこかあった。僕が思っている「自分は犯罪者なのかもしれない」という考えを、笑い飛ばして、否定してくれる。今までの雰囲気からして、そんな気もしていた。 「あ、あのさ……」  しかし、その時タイミング悪くチャイムが鳴った。僕の掠れ声はいとも簡単に掻き消される。時計を見ると午後一時十五分になったところだった。「……予鈴……」と僕はポツリと言った。授業は二十分から始まるので、五分前には予鈴のチャイムが鳴るのだ。 「うそ、もう時間?」  鐘の音に藍花は目を丸くした。出端を挫かれた僕は、言おうとしていた言葉を引っ込めてしまう。代わりに「早く教室に戻ろうか」とだけ言った。勇気が急速に萎んでいくのが分かった。  ……まあ、いっか……。  僕たちは早歩きで教室に戻る。途中で「ねえ」と蝦宇さんが僕に声をかけてきた。 「えっ、何?」  不意打ちすぎてびっくりした。話しかけられるだけでドキドキしてしまう。さっき感じた心臓の鼓動とはまた別の鼓動だ。何だか情けない。一方の蝦宇さんは僕の表情など一切気にする素振りも見せず、ただ淡々と口を開く。 「梶世くんが思い出した女の子って、どんな子だったの?」 「どんな子って……」  僕は返事に戸惑った。夢に見えたのは少しの間だったし、特にしゃべったわけでもないので何と言えばいいのか分からない。 「同じ中学の子だったみたい」と僕はとりあえずそう答えた。 「ふうん」  蝦宇さんが言う。蝦宇さんの言う「ふうん」は、興味があるのかないのか、深く考えているのか考えていないのかよく分からなくて少し困る。僕の返事で満足したのだろうか。 「長髪の……ふわふわした髪の、切ない感じの女の子だったよ」  とりあえずそう付け加えたが、蝦宇さんはあまり反応しなかった。  僕は何とも言えない複雑な気分になりながら、教室に入った。
/231ページ

最初のコメントを投稿しよう!