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1 記憶の片鱗
目の前が霞む。と思ったらすぐにぐわっと鮮やかな色彩が瞳に映し出された。あまりにも鮮やかすぎて直視できない。いったん目を閉じ、ゆっくりと開く。今度は目の前の色がぐるりと回りながら溶けて、再び霞んだようになった。
僕は目を凝らした。霞みの中に誰かがいる。目を凝らし続けていると次第に靄が晴れていった。そして分かった。
誰かが、たくさんの花々が咲いている草原の真ん中に立っているのだ。
見覚えのない子だ。長いこげ茶のふわふわした髪、長いまつげ、しゅっとした鼻筋、ほほ笑んだ口元、そしてセーラー服。僕の通っていた中学校の女子の制服だ。どこからともなく一陣の風が吹き、幅の広い特徴的な紺の襟元、スカート、それから赤いスカーフが揺れた。
僕は一歩も動けなかった。まるで大草原に凛として立っている桜の木のような彼女の姿に、胸の奥が、心の奥が、ぎゅっと締め付けられる。スカーフの赤色が目に染みる。
僕はこの子に会った記憶がない。名前も歳も知らない。
でも何で……。
何で、この子の笑顔を見てこんなに切ない気持ちになるのだろうか。
気を緩めたら泣いてしまいそうな、そんな気持ち。そしてどこかに、彼女と交わした約束を置いてけぼりにしているような、そんな気がしてならない。
きっと僕らは、どこかで繋がっているのだろう。でないとこんな思いにならないはずだから。
ただ、僕が覚えていないだけなのだ、多分。
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