第1章ー1 Side A

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Spring  四月の頃、もう桜は姿を消していて季節の流れと共に、街は賑わいを見せている。何よりも世界を恐怖に貶めたウィルスからの出口がようやく見え、自粛生活と相次ぐクラスターからの脱却を果たした人々の歓喜が街の賑わいに拍車をかけているに違いない。歩道を埋め尽くす人、肩と肩がぶつかり合う人々の距離感、車の渋滞や鳴り響くクラクションの音、店舗から放出される軽快な音楽、数重なり合う店の灯りすべてが本来の街、東京が戻ってきたことを象徴しているだろう。  私は久しぶりに息子に会うために上京した。久しぶりの東京だ。地方に住む私なのだが、この街の歩く速さが自分に合っていて実は心地いい。なぜかこの歩く速さは、私に生きているという感じを与えてくれる。息子は東京に住む大学院生である。夕食を一緒に食べる約束になっていたので、しばらく会っていない優秀過ぎる息子の顔を思い浮かべながら、東京駅から地下鉄東京メトロ丸の内線で4駅目の「本郷三丁目」で待っているところだ。早く顔が見たいという気持ちに心が躍る。自分の顔がニヤけているのではないかと心配になってしまうくらいだ。そして、約束の時間の17時をを過ぎても現れない息子を、心配し始めた矢先の着信だった。 「もしもし、どうしたん?」 「研究が忙しくて抜けられそうにないので。」 「いつ終わるん?」 「すぐには終わりそうにもないので、ホテルを予約しておきました。そこに泊まってください。ラインで送っておきます。」 「・・・。」 「すみません、忙しいのでまた連絡します。」 「分かりました。気をつけて。」 と、私は言うしかなかった。雑踏の中、「母親だから」と一生懸命に自分に何度も言い聞かせて、ラインで送られてきたホテルに一人向かう。いつもならば、賞賛するであろう息子の冷静な対応に腹が立っていた。そしていつもならば、ホテルから一歩も出ないで済むようにと買い込み派の私なのだが、今日はお腹の辺りに現れたモヤモヤ感が治らなくて、いつもとは違うようにしたいという衝動に駆られ、私はホテルに荷物を置くなり街をふらりと歩くことにした。  四月の風を体中に感じて歩くと、大通りから一本入ったところに、こじんまりとしたお店が見えてきた。1人でお店に入るのも1人で食事をするのも苦手な私は、「いつもと今日は違うのだから」とあえて頑張って試みることにしたのだ。お腹の辺りのモヤモヤ感がそうさせているのは分かっていた。茶色を基調とした落ち着いた雰囲気があるこのお店はドアを開けるとカウンター、左側にはテーブル席があった。 「1人なんですけど、いいですか?」 「カウンターにどうぞ。」 第1関門突破でとりあえずほっとした。そしてドキドキの中、第2関門の注文が終わると一気に私は開放感に満たされた。お腹の辺りのモヤモヤ感も消えていて、ワインとイタリアンな料理を堪能し、私は久しぶりの生活感のない空間も堪能する。しかし、「今頃、息子と話が弾んでいたはずなんだけど」という気持ちが過ったりもしている。久しぶりにきた東京で、息子の顔も見ずに帰らなければならないことを考えると、さらに気持ちが落ちてしまう。 「お客さん、ちょっといい?」 お店の人が話しかけてきた。私はその言葉と共に張った空気に取り巻かれ、緊張する。 「今から常連さんがVIPルームで飲み会をするんだけど、人数が急遽1人足りなくなったらしいのよ。それで時間あれば参加してもらえないかな?幹事の子に頼まれていて、最初だけでも人数合わせたいって言うんだよね。幹事の責任とか色々あると思うんだけど。お金はいらないって言ってるから。」 「VIPルームですか?」 「実は常連さんもあまり知らないVIPルームがあってね。」 「そうなんですね・・・。」 ここには「どうしよう」を繰り返して、私らしい即決の出来ない私がいる。 「予定あるなら仕方ないんだけど、一人だし歳も近そうだからどうかな、と思うんだけど。」 「私で大丈夫ですか?」 「もちろん。OKでいい?」 「・・・はい。」                 「助かったよ。あと幹事の子が来たら呼ぶから。」
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