第1章ー1 Side A

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Autumn  あれからも2人の連絡は頻繁だった。この頃、束縛をしたい彼に、そして束縛をしてほしい彼に私は気が付いていた。でも人は皆、追えば逃げるし、閉じ込めれば脱出したくなる事を知っているから、私は怖くて束縛など出来ない。ましてや束縛など出来る立場でもない。  そしてもう紅葉の季節がやってきていて、山々は色付いている。人は紅葉狩りなどと言って行楽地へ出掛けているけれども、秋花粉の季節なので私は紅葉の季節があまり好きではなく、行楽地に出向くなんてとんでもないと思っている。だから家の窓から見える紅葉が一番だと思っていて、一人眺めていた。トオリくんが望むのなら行くんだろうな、とぼんやり考えていたところだ。距離的にも、年齢的にも、時間的にも遠い。あまりに遠すぎる状況に、改めて今、私は凹んでしまっていた。切なくて苦しい。そして会いたくてたまらない。  そんな時に突然の彼からの着信だったから、私は相当に驚かされてしまった。 「16時頃に新山口駅に着くんだ。会える?」 「えっ!?」 驚きの余り、頭の中が真っ白になってしまい、私は黙ってしまった。沈黙の風が通り抜け、彼が口火を切った。 「仕事で近くまで来たから、会いたいんだけど会える?とりあえず駅で。」  返事を待たずに電話は切られた。仕事でいない夫、駅で知り合いに会う確率、人の目、噂、ご飯のこと、家はきれいかなど色々なことが頭の中を駆け巡り、日常の私は彼の目にどう映るのかということさえも心配になっている。掃除や洗濯をする私や犬の散歩をする私、料理を作る私は面白くない日常に住むただの主婦だから、想像外の私をどうしたらいいのだろう。そう思いながらも、会いたくてたまらない私は待っている彼を迎えに急いでいた。  駅は相変わらず人がまばらだった。静かで穏やかな光景だ。改札口で待っていると、彼の細長い姿が見えた。そばで眠っていた寝顔以来のトオリくんに私はドキドキしていて、自分で自然と口角が上がっていることに気がついた。そして、いつもと違うパターンに少し緊張もしている。 「ごめん、急で。」 「久しぶり!どうしたん?」 「ちょっと時間が出来たから、顔だけでもいいから見たくて・・・。」 「すごくびっくりしたけど嬉しい。今日は泊まりの予定なん?」 「まだ予約してないんだけど、今からだと帰れないよね。」 「うち泊まってく?」 「でも旦那さん、いるでしょ?」 「今日、仕事でいないから。」 先ほどまで考えていたことは全ては消し去られてしまっていた。「今を生きたい」と思えば思うほど、心の中に住む悪魔が現れて、今まで培ってきた常識や当たり前のことを壊していく。でもそれでいい・・・。  私の運転する軽自動車で移動する。助手席に座るトオリくんにはあまりに狭い空間だ。 「アキ!なんか楽しい。」 「そうかな?ここはのんびりすぎると思わん?」 「いや、2人の空間としてはのんびりもいいんだよ、新鮮で。正直、一緒に居られるならどこだっていいんだけどね、俺は。この狭過ぎる空間も悪くないしなあ。」 ストレート過ぎる彼の言葉と彼らしい思考と輝くような笑顔がここにある。 「こういうこと言ったら恥ずかしい?」 「そんな事ないけど。」 「嘘!」 相変わらずのこのパターンに2人は笑う。渋滞のない風景を、ゆっくりと過ぎていく時間を、そしてその中にいる私を彼は本当はどんな風に感じて受けとめているのだろう、と私は思っていた。  それから家に着いてご飯を作った。準備など出来なかったから大したものはないけれど、いわゆる和食の家庭料理だ。2人でご飯を食べる時に私は突然言い出してしまった。 「私の嘘を見抜けないときはトオリくんの負けだよね?」 「嘘って何?」 「そうじゃなくて、約束の確認みたいな。」 「負けだとしたら、お願いは何?言ってみな。」 上から目線の言葉の彼はお見通しの時であって、自信のある時であって、もちろん指揮棒は彼の掌中にある。 「・・・やっぱり歳上過ぎて嫌じゃないかなってずっと思っていて。」 「アキ!また俺のこと信じ切れてないからアキの負けだよ。」 「・・・。」 「認める?」 「・・・。」 「認めないの?俺の勝ちで、完全にアキの負けだって。」 「トオリくんには敵わないです。」 「よろしい!」 食事が終わっても会話は終わることなく続いていく。 「アキは東京に住んだりとかしないの?」 「・・・。」 「俺、もっと会いたいから。」 「・・・。私ももっと会いたいけど、長く一緒いると嫌いになるよ。それにワンコもいるしね。」 「ほら、また信じきれてないよ。またアキの負けだ。」 彼はそう言うと、私を引き寄せた。そして私の耳元で、ゆっくりとした口調で優しく静かに言った。 「俺の勝ち。」                      
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