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「今の俺の言葉を信じきれてないからアキの負けだよ。俺の勝ち。どうする?」
「・・・。」
「俺の願いを聞いてもらうから。」
と言い終わる前に、私は彼に引き寄せられていた。
伝わってくる彼の体温と優しさと、知らぬ間に満たされた心で深い眠りだった。私は辛かった日々も日常もすっかり忘れてしまっていた。そして私のそばには歳下過ぎる彼が眠っていて、私はその彼に甘えている。
「おはよ。」
「おはよう。今日のアキは甘えん坊さんだね。」
と彼は言って、私をぎゅっとした。よくわからないけど、ぎゅっとされた瞬間に私の目から涙が溢れ出した。
「どうした?なんかあった?アキは自分の事あまり話さないから・・・。」
驚く彼に、あの日電話に出ることができず連絡出来なかったのは、闘病していた母が亡くなったからだったと話した。本当は彼に話すつもりなどなかった。二人とも何故かあの日のことを話すことを避けていたから。私が歳下の彼に弱い自分を見せてしまったのはこの時が初めてだった。
「大丈夫?」
彼の優しい声が私の中に入ってきて、全身を解きほどいていく。
「ごめんね。私人前では絶対泣かないのに・・・壊れちゃったみたい。」
「いいよ。俺に気を許してくれたんだよね。大変だったね。」
少し強く包み込まれて、私の涙は更に溢れてなかなか止まらなかった。そして私はどんどん解きほどかれていった。
「今日、新幹線に乗る予定なの?」
「まだ決めてないんだけど、明日の朝には乗らなきゃ。」
「じゃ、夕飯食べに行こう。」
すっと話題を変えてくれるのは素敵な彼の優しさだった。私はいつしか笑顔にされていて、年下過ぎる彼は私よりもずっと大人のように思えた。
お店に入って、2人でカウンターに座る。お店は3ヶ月前のあの日と何も変わっていない。変わったのは二人の関係だけだった。あの時私に声を掛けてくれたお店の人が二人に気付いて会釈をしていた。なんだか恥ずかしい気がした。ワインとイタリアンなものをチョイスし、相変わらず止まらない会話と笑顔と二人の孤独がリンクして、今ここに心地のいい異空間を創り出している。そして私の心は不思議なくらい解放されている。
「トオリ?」
そこにはVIPルームから出てきたカケルさんが立っていた。動揺しているトオリくんは、
「えっ?カケル、来てたんだ。」
と、素っ気ないいつもの振りをして答えつつも、電光石火の振る舞いになっていて、動揺している彼に気づいたカケルさんはニヤニヤしながら言った。
「なんか俺のこと、めちゃくちゃ嫌そうじゃん。」
「そんなことないって。で、カケルはまた飲み会?」
「トオリもくる?」
「いや、遠慮しとく。」
「即答かよ。トオリさん、マジハマりすぎです。」
「何の話?」
「トオリ、わかりやすすぎ。」
と言って、カケルさんはすぐに戻って行った。何故かカケルさんには全て見透かされているような気がして、私は挨拶の会釈以外何も言うことが出来なかった。
トオリくんといると楽しくて、心地よくて、きっと私は彼の優しさに甘えてしまっている。カケルさんはそういう事もお見通しで、彼の為を思ってどうにかしようとしているんだ、とわかった。
「トオリくん、私の嘘を見抜けなかったよ。だからトオリくんの負け!」
私は考えが先走り、脈絡もなく突然に言ってしまっていた。
「ん?」
「私と付き合おうとか結婚しようとか言ってくれてるけど、ごめん、私結婚してるから。」
「気付いてたよ。気付かないふりしてた。」
「なんで?」
「なんでだろう。分からないけど、アキを俺だけのものだって思いたかったからかな。いや違うな。たとえそうであって誰かを傷つけることになったとしても俺に手放す気がないからかな。いいんだよ、していてもしていなくても。」
「・・・。」
思いもよらない返答に間が空いて、言葉がなかなか見つからない。
「でも実は私、20歳も歳上だから。知らなかったよね。この嘘は見抜けなかったでしょ?」
彼は平然とした顔で言う。
「歳上なのはもちろん知ってたよ。最初に会った時に、大人な素敵な人だなぁって思ったから。歳なんかどうでもいいことでしょ。アキには一度も聞いたことない訳だし。しかもアキは自分の年齢を一度も公言していないんだから、そもそも嘘を付いたことにはならなくない?」
「・・・。」
私は彼を納得させられる言葉を探す。
「だから負けは認めないよ。どうしてそんなに勝ちたいの?」
「・・・。」
「旦那さんに悪いから?後ろめたいから?それとも旦那さんを愛してるから?」
「どれも違うよ。そんなのずっと前に終わってる・・・。」
「じゃあ、俺から離れたいの?」
「そうじゃなくて。トオリくんといると楽しいからずっと一緒にいたいよ。でもやっぱり歳が離れ過ぎてて、嫌とは思わんの?」
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